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第二章

「勇者殿、着きましたよ」

「うえーい」

 馬車から俺はよろよろと出た。

 馬車の揺れがひどくて、尻やら首やら背中やら腰やらあちこちが痛い。

 しかも長時間揺れていたせいか、ムチウチみたいになって、頭がクラクラして吐き気がする。


 いや、むしろ、吐きたい。

 吐く。


 茂みへと駆け込んで、胃の中の物を全部出し切ったところで、冷たい水が入った器を差し出された。


「どうぞ」

 差し出された手を見ると、王妃がニッコリ笑っている。

「お、王妃様! すみません!」

 ロイヤルファミリーなんかと付き合った経験なんてないから、緊張しまくりで受け取ると王妃は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか? 勇者様? 馬車は初めてだったのでしょう?」


 初めても何も、乗ったことすら無いです。


 まだ吐き気がおさまらない胃のあたりを撫でながら、何とか俺は笑みを作った。


「貴重な体験をいたしました」

「まぁ」

 王妃はなおも心配そうに俺の顔を覗き込む。

「馬車の揺れを魔法で抑えることもできたのですが、レニエがああ言うので」

 王妃が振り返ると、テキパキと騎士や従者に指示を与えているレニエがいた。


 そうなのだ。

 馬車に乗る時レニエは乗り慣れているかをちゃんと俺に確認したのだ。


 ーー

「乗り慣れているも何も、今回が初体験です」

「初体験ですか。それは、いささか」

「何?」

「いえ、乗っている時はできるだけ何かに掴まっていることをお勧めしますよ」

「は? どういうことなんだ?」

「レニエ、魔法は使えないの?」

 俺の質問に答えようとしないレニエの横で王妃が口をはさむ。

「それはできません。私の魔力はしばらくは温存する必要がありますので。王妃様もできる限り使わないようにお願いします」

「そうですか。貴方がそう言うなら」

 ーー


 はぁ、とため息をつく。


 この世界の人たちは、基本魔法があるから、馬車にサスペンションを入れるという発想が無いんだろうなぁ。


「陛下、大丈夫ですか?」

「う、うむ。だいじょう、うぷ、ぶ」

 振り返ると、俺と同じように真っ青な顔をして馬車から降りてくる国王の姿があった。

「勇者殿は大丈夫ですかな?」

 自分もふらふらなのに俺の気づかいをしてくれる。


 根はいい人なんだろうなぁ。

 反乱とか起こされちゃったけど、国民からは好かれていたんじゃないかなぁ。


 となんとなく考える。

「陛下。勇者様」

 王妃が小さく手招きした。

 その手招きにつられて国王と一緒に王妃に近づく。

 王妃は何かを唱えて持っている棒で俺と国王の額を軽く触れた。

 途端に吐き気がおさまった。

「レニエには内緒ですよ」

 悪戯っぽく微笑む王妃に国王と顔を見合わせ、そして笑った。

「うむ。内緒だ。なぁ、勇者殿」

「はい!」

 レニエがこちらをチラリと見て、ため息をついていたことも二人には内緒にしておいた。


「陛下、ご無事で本当に良かったです!」

「アラン、そなたも無事で良かった」

 国王の弟で、騎士団長でもあるアランが国王の前にひざまずく。

 アランは国王によく似た顔立ちで、弟だというのも頷けた。

 彼と合流できたのは、隠れ家だった屋敷を出発しようという時だった。

 あちこちに破れが見える衣服で、肩で息をしながらやって来た彼だったが、互いの無事を喜んでいる暇は無かった。

 追手を振り切るため、すぐさま出発しなければならなかった。

 そして、何度か馬を変えるために止まったことはあったが、一晩ほぼノンストップで来たので、今の彼は傍目に見ても疲労困憊といった様子だった。

「我がベルジュ城まで来れば一安心だ。テッドもいることだ。そう簡単には落ちないだろう」

「はい。そのテッド殿の姿が見えないのがいささか心配ですが」

 不安そうに周囲を見渡すアランの肩を国王はほがらかに叩いた。

「何、あのご老体のことだ。まだ朝寝の真っ最中だろう」

 それから俺を振り返ってニッコリ笑う。

「勇者殿、良ければ我が城を案内したいのだが?」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「うむ。アラン、そなたも疲れていることだろう。今日はゆっくり休め。いいな?」

「はい、陛下。テッド殿と今後の打ち合わせができましたら、休ませていただきます」

 国王は機嫌良さそうに頷いた。

「さ、勇者殿。こちらだ」

 どこかウキウキと俺を案内しだした。


 ベルジュ城は、典型的な中世の城だった。

 石造りの塔が中庭を囲むように何本も立ち、それらを城壁がつないでいた。

 その塔の一つから外の景色を眺めると、この城が小高い丘の上に建っていることが分かった。

 朝靄に煙る城下の眺めは、王城からの眺めに比べると貧相なものだった。

 王都の建物はどれもレンガ造りで、そろいの屋根瓦が美しかったが、ここは木や石の壁に藁葺きの屋根だった。


 文化・文明レベルにかなりの差があるのかな?


「どうかな? 我がベルジュは?」

「えっと、素敵なところですね」

 答えに困って適当にごまかすと国王は楽しそうに笑った。

「はははは。遠慮することはない。正直に申せ。王都に比べると貧相であろう?」

「えっと、ええ、まぁ、多少は」

「そうなのだ。ベルジュは決して豊かな土地ではない。しかも北の森から遠いからエルフの助力もなかなか得られない。暮らしていくには何かと不便な土地だ。だが、いやだからこそ、ここで暮らす者は困っている人を見過ごせない心根の優しい者ばかりなのだ。私は、我が領地ベルジュを心から誇りに思っている」

 国王は誇らしそうに瞳を細めて領地を見下ろした。


 よっぽど自分の領地が好き・・・

 ん?

 ちょっと待て?


「あの、陛下。陛下は国王ならフィアビタンス王国全てが陛下の領地なのでは?」

「私は入り婿だからな。本来はエレナがこの国の王なのだ」

「ああ、そうなんですね、、、って! ちょっと待ってください! 入り婿ってどういうことですか!?」

「うん? レニエは説明していなかったのか?」

「全く!」

 俺はぶんぶんと頭を振った。


 説明しようとしていたのかもしれないけど、なんかフィアビタンス王国をエルフが作ったという知識だけで俺の頭がパンクしそうだったよ!


「そうか。まぁ、それほど重要な話ではないからな。先ほど言った通りだ。先王の子供はエレナで、私はこのベルジュの領主だ。エレナと結婚することで、私はフィアビタンス王国の国王となった」

「あの、どういった経緯で、その、王女様と結婚することに?」

「それは、私も不思議でな」

「は?」

「エレナが私のどこを愛してくれたのかは、私も分かりかねるのだ」

「はぁ」

「だが、これだけは断言して言える! 私はエレナと一目会った時から恋に落ちていたと!!」


 あー、そこんとこはどうでもいいんです。

 何で王女様と結婚できたのかが聞きたかったのだけど。


 俺は王妃との馴れ初めを語り始めた国王をチラリと見た。


 レニエに聞いた方が早そうだな。


 カンカンと誰かが塔を登ってくる音で、国王の話は止まった。


「陛下! 兄上! 大変です!!」

「アランか? どうした?」

「テッド殿が、城のどこにもいません!」

「何だって〜!!」

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