監視者の愚行
「消えた?一体どういう……」
三伽式は静かに涙を流す少女を慰めるように胸に抱き寄せる。
「安心しろ。とりあえず君は警察で保護する。家族はその後すぐに見つけ出してやるからな」
少女は顔を三伽式の服に埋め何回もうなずく。
「砂が、砂が襲ってきたの。それに巻き込まれて……」
「まだ目撃者がいたとは。子供を襲うのは気が引けるけど、未来のためさ」
少女の微かな声を遮り何者かの声が響き渡る。
幼さすら感じる青年の声だ。
声の聞こえた方向には人の姿はなく、周りを見渡してもやはりいなかった。
(幻聴か?いや、この少女も顔を上げてきょろきょろしている。確実にどこかにいる……)
三伽式はそんなことを考えているとどこからか風が吹き始めた。
それはやがて強力な突風となり2人に吹き付ける。
砂の混じった心地の悪い風だ。
「この風、さっきも吹いてた……」
少女がつぶやく。
「あの声もさっき……」
顔を上げた少女に対し三伽式が質問をする。
「その時そいつは何て言ってた?」
少女は空を見上げ、必死に思い出す。
「えぇと。えぇと……そうだ。『俺は世界を変えて見せる。未来のために協力しろ』って」
「そうか。まだ分からないことばかりだけど」
三伽式は立ち上がり、髪を風にたなびかせながら少女に言い放った。
「今は逃げよう」
三伽式は少女の手を引きJ-20地区と他の地区との境界を目指して走り出す。
しかし少女は幼すぎた。
「もう、走れないっ……」
身体能力の成熟していない少女に呆れたかのように見下ろし、考える。
(こんな子供を連れていたらこの子どころか俺まで死ぬかもしれない)
目を閉じ、拳を握りなおす。
(いや、そんな事では刑事として失格か?どうすればいい?)
解決案を選び出すよりも先に口を開いたのは少女だった。
「だれか来る!」
視線の先にはひとつの人影とそれを中心に渦巻く砂。
徐々にその影はくっきりとした輪郭を浮かび上がらせた。
「鬼ごっこはもう終わりにしよう。その女の子を連れていちゃ、君が助かる未来はない」
凛とした顔立ちの青年だ。
砂嵐はピタリと止み、風も消えた。
「なぜ彼女を渡さなければならない?」
「そもそも、お前は何者だ?さっきまで吹き付けていた風も砂もお前に集まって言ったように見えたが」
青年はクスクスと笑った。
「一気に何個も質問しないでくれよ。ま、どれも君に教える必要があるような話じゃないさ」
三伽式は少女を体の後ろに隠すように前へと出る。
少女に触れていた手は、今、腰に差した拳銃を握っている。
「この街の人が消えたのもお前の仕業か?」
「そうだね」
グレーのレインコートを身にまとう青年は手をズボンに入れ続ける。
「でも殺したわけじゃない。犠牲となった彼らは僕の中で生きているし、そもそも彼らにそこまでの価値はなかったさ」
「なにを言ってるんだ?」
三伽式にはつぶやくことしか出来なかった。
(まてよ、人を消せるのなら俺やこの少女も消せばいいじゃないか、何故こいつはそうしない?)
彼は疑問を胸にだいて決意した。
青年を撃つと。
「目と耳を塞いでろ」
少女にそう促し、引き金に指をかける。
かわす時間を与えないよう一瞬で青年の胴に銃口を合わせ、引き金を力いっぱい引いた。
甲高い銃声は静寂の中響き渡り青年を貫通した。
青年が倒れるよりも前にもう1人、別の方向から弾丸が放たれ青年の脇腹を貫く。
そこに立っていたのは清堂だった。
様子のおかしさに気づいた彼女は戻ってくるなり少女を匿う三伽式を発見し、青年を見張っていたのだ。
三伽式が攻撃したタイミングで同時に攻撃を仕掛ける作戦は成功した。
しかし、攻撃を受けて破壊されたのは青年の後ろに建っていたビルの窓だった。
「なんだと?!」
青年は突然現れた清堂を目視すると手の平を彼女に向けた。
「残念だったね」
青年はそう言うと手から砂を一直線上に放った。
先程の突風とは違い風は吹いていない。
その代わり砂はいくつもの人の腕のような形を作って清堂に向かっていく。
清堂の危険を悟った三伽式は走りながら青年に弾を撃ち込む。
それでも壊れるのは青年ではなく街だった。
「どうなってる!」
三伽式がたどり着くよりも前に砂は清堂を取り囲み、叫び声もかき消されるほどの轟音を唸らせた。
「清堂!大丈夫か?!」
三伽式は声を荒らげた。