2.無風の嵐
「例の現象が起きた後の捜査で現場には少なくとも一人のレベル8以上の危険人物がいたと推測されているが、該当地区はヴォルフゲーターの検閲が届かない場所であったためにその後の動向を掴めていない。そこで君たちには端末を使い、継続的な調査を任されてもらう」
清堂と三伽式に端末を持たせた局長はそう語った。
「了解」
「了解です」
2人は間を開けず返答をした。
端末の使い方を確認しようと清堂は全体を見回し、疑問を口にする。
「この端末は何に使うんですか?」
局長は清堂に視線を合わせうなずく。
すると局長はスーツのポケットから同じ端末を取り出し、モニターをスライドし操作する。
[通信を確認。監視カメラへのアクセスを一時的に許可]
2人の端末から鳴った音声だった。
音声が聞こえるとともに端末のモニターが二倍ほどになり、映像が映し出される。
円柱型の建造物だ。
「これは?」
三伽式が訊く。
「警察局の門前の監視カメラのリアルタイム映像だ。他にも一部の監視カメラにアクセス可能だ。本来一介の刑事に許可される代物ではないが、君たちは特別だ、これを用いて調査をしてくれ」
そういって局長たちはエレベーターを上がり、局長室へ戻っていくのだった。
警察局第一課待機室にて。
髪をとかす清堂が窓によりかかって小説を読む三伽式と話をしていた。
「局長さんさ、こんな端末で私たちに何をしろっていうの?」
「俺たちは独自の捜査を任された。そのためなら監視カメラを自由に使えってことだ」
「ふうん」
三伽式は質問をしたにも関わらず無関心な相槌をうつ彼女に若干のいら立ちを覚える。
気分転換のため本を閉じ待機室を出ようと清堂の横を通り過ぎた時のことだった。
「あ、あれは?」
彼女は目を見開き、三伽式がいた窓の向こうを見つめている。
三伽式はそれに気づくと振り返った。
ビル群を抜けた遠い住宅地の上空を飛ぶ何かが二人の目に入る。
「砂嵐?」
清堂はそう呟くが気象観測班の予報にそんな予報はない。
「行くぞ清堂」
呆然としたままの彼女をよそに三伽式は支度を始めていた。
彼の呼びかけに返事をすることもなく、スーツを整え安物の腕時計を巻き付ける。
「一応これも持っていくか」
端末をポケットに流し込むようにしまい、部屋を後にするのだった。
清堂は三伽式が運転する黒いバンに乗り込んでいた。
高速道路を快調に走る車とは裏腹に車内は険悪な空気に包まれていた。
お互いなにも一言も発せず清堂は外を眺めていた。
しかしそれは当然といえば当然の事でもある。
出会ったばかりの異性とその日のうちに車内で二人きり。
気まずさを隠すように清堂は外を眺めるしかできないのだ。
「もうすぐ着くぞ」
砂嵐が起こった場所は若者が多く集う都市、J-20地区だった。
しかし辺りには若者どころか、人間の姿さえない。
「おかしいな」
異変にすぐに気づいた三伽式は車を降り、都民に調査をするために走り出す。
後を追うように清堂は三伽式を追いかける。
しかし、やはりというべきか人は1人も見当たらない。
「なにをしてる清堂。お前も都民を探し出せ」
「りょ、了解」
三伽式の威圧的な態度に圧倒されながらも咄嗟に返事をした清堂は三伽式から離れ、車道を挟んだ反対側の道に走っていった。
「本当に砂嵐を見ていないんですね?……そうですか、ご協力感謝します」
J-21地区に向かって歩いて行った清堂は聞き込みをするが、誰も砂嵐など見ていないというのだった。
すぐ近くの警察局からでも見えたというのに。
(外にいた人だっていたはず、なのに見てすらいないなんて……)
結局不可解なまま彼女は三伽式の元へと歩き出すのだった。
同時刻、J-20地区。
三伽式は消えた人の痕跡を見つけようと探索を続けていた。
一日中人が出歩いているJ-20に誰もいないなんてことは本来あり得なかった。
「おじさん?」
目の前の小道から誰かの声が聞こえる。
聞き覚えはないが幼い声だ。
「誰かいるのか?」
少女は砂に汚れた服を身にまとってよろよろと三伽式の元に行く。
彼女は膝をすりむき、体は小刻みに震えている。
「大丈夫か、何があった」
三伽式は膝をつき目線を合わせ手を肩に当てた。
落ち着いたのか少しだけ震えが収まっていく。
「家族はどうした?君のような子供が一人でいるような場所じゃないだろう」
その言葉に少女はうつむき、言うのだった。
「みんな……消えちゃった」