1.ふたつの始まり
来たる22世紀に期待を膨らませる人類は2060年ごろに増加を始めてきた。
お祭騒ぎのように社会を俯瞰することができない国民たちはそのすぐそばに大いなる闇が迫っていることにさえ気づいていない。
2090年4月10日のこと。
警察局の中でもエリートが集う第一課に新たに二人の男女が配属されることとなった。
十数年、無人のまま存在だけが残された第一課に突然二人の人員が入ることで様々な組織から注目を浴びるのであった。
「あなたが私と一緒に第一課に入る人?」
女は着慣れないのスーツのチェックをしながら隣に立つ男に聞く。
清堂 三琴は16歳にしてその実力から警察学校を二学年分飛び級し、天才と称される人間であった。
「そうだ」
彼は興味なさそうに返事をする。
そんな彼に怒りを覚えたかのように清堂は質問を続ける。
「私は清堂 三琴。あなたは?」
「三伽式だ」
またも彼は淡白に返した。
「一応言っておくが俺はお前と違って前期は第二課にいた。あまり足を引っ張るなよ」
三伽式は清堂を甘く見ているようだ。
「失礼します、局長」
2人は警察局長からの招集をかけられ局長室に訪問していた。
「入りたまえ」
扉の向こうから低い声が響く。
三伽式が扉を開き先に局長室に入り、清堂が後に続いていった。
飾り気のない、無機質な白が広がる部屋。
初めて訪れる広々とした部屋に呆然とする清堂を置いて三伽式が話を始める。
「なんの御用でしょうか。業務内容の説明であれば私から清堂刑事に話をします」
中央の机に肘を置いて座る局長が顔を上げた。
「そう焦るな。君たちのようなエリートを迎えるのはかなり久しぶりでね。私もこう見えてかなり興奮状態でな」
サングラスをかけた局長は声のトーンを一定に話す。
「先代の第一課と君たちは種類が違っていてね。苦労させてしまうかもしれないが……」
「雑談をするために私たちを呼び寄せたのですか?」
三伽式が腹立たしそうに局長の話を遮る。
そんなふたりのピリついた空気をよそに清堂は部屋を眺めていた。
「三伽式くん。組織のトップに、ましてや初対面でその態度……まあいい。これは機密レベル34、つまり第一課以上が閲覧できる重要機密事項の話になる。心して聞け」
そういうと局長は立ち上がり、小さな端末を机の上から手に取ると赤いボタンを押す。
清堂も三伽式も何が起きているのかわからないまま局長の元に駆け寄る。
2人が集合したことを確認し局長は再び端末に目をやり、今度はボタンの隣のレバーを倒した。
起動音と共に床のタイルが地下に向かって動き始める。
「こんな装置が警察局に……」
清堂は目を丸くしてポカンとしている。
しばらくエレベーターが動いた後に徐々に速度が低下していく。
エレベーター内に光が差し込んだ。
「これから君たちには前例のない事象についての捜査をしてもらう」
停止したエレベーターを降りるとそこには研究施設が広がっていた。
青く光るモニターを見ながら研究員たちがタッチパネルを操作している。
「おとといの事だ。気象観測班が砂状の粒子を巻き込んだ謎の突風を観測し、現場検証を行った。しかしその場所には何も残されてはいなかった。周辺の地形にはゆがみが発生していたがね」
局長が一連の概略を説明すると、研究員の一人からモニターのついた手のひらほどの大きさの端末を受け取る。
「これを君たちに渡そう」
局長は両手に一つずつその端末を持ち、2人に差し出すのだった。
2日前。
夜の21時頃の事だった。
そこはビルに囲まれて月明かりも届かない薄汚い路地裏だった。
ゴミ袋が穴をあけられ内部のモノが飛び出している。
その静寂は永遠に続くかのように思われたが、それは間違いであると気付かされる。
突然、路地裏の中心にそれは現れた。
影を持たず、黒い光を放つ漆黒の球体。
宙に浮くその物体は激しい突風を放ち、それと共に細かな粒子のようなものが全方位に噴射されている。
徐々に巨大化していくそれはやがて成人の大人一人が丸ごとはいるほどの大きさになり、そして少しずつ小さくなっていく。
そこに残ったのは球体によって抉られた地面、突風で巻き上げられたごみの欠片たち、そして壁中にびっしりと張り付いた砂のような粒子。
そして、傷を全身に持ち、砂に覆われた身体を守るようにして座る白髪の青年だった。
「君は?」
俺は聞く。目を青く輝かせる青年に。
「名前か……僕の名前は△■※。すまないが手を貸してくれないか」
青年は暖かい声色で助けを求めた。
国から追い出されてこんな路地裏でしか生活ができなかった俺に、彼はそれから優しく接してくれた。
俺たちは互いを助け合うことで今までに経験したことがないほどに不自由のない生活ができた。
しかし彼の名前は俺にはうまく発音ができなかった。
だから俺は彼をこう呼ぶことにした、イン オーバートと。