髪を切る
三題噺もどき―ひゃくよんじゅうよん。
※あからさまなGL表現はないですが、一応ご注意※
お題:浮かぶ・鋏・涙
からりと晴れた、夏の日に。
あの人が、結婚した。
「……」
降り注ぐ花びら。
その中、寄り添い、楽し気に笑う二人。
―彼女の笑顔は、とてもとても眩しかった。
太陽のような笑顔を浮かべ、ゆっくりと歩く。その瞳に、ほんの少し涙を滲ませて。
風に舞う、白く美しいドレスは、彼女の為に誂えたかのように。
きれいで、きれいで―
「……」
お色直しをした後の、あのブルーのドレスもとても、彼女らしかった。
大人っぽい、すらりとしたデザイン。その中に、ほんの少しだけ、フリルをあしらって。
どこまでも大人びているようで、時節子供っぽさを見せる彼女に、似合いのドレスだった。
それに合わせたブーケも、文字通り彼女に花を添え、より一層華やかに、美しく。それでいて、彼女らしさを残して。
とても、とても、綺麗だった。
「……」
ありがたいことに、友人代表としてスピーチを任された。
いつからかなんて忘れてしまう程に、長い付き合いで。喧嘩だってした。一度は疎遠になりかけたりもした。それでも、大切で、大事な―友達だった。
彼女との出会い。
それからの事。
これまでの事。
これからの事。
たくさん、たくさん、伝えた。
「……」
ずっと、ずっと、大切で。
唯一の親友で。
ずっと、ずっと。
―大好きだった。
「……」
そんな彼女が、今日。この日に。
私の知らない人と、結婚した。
職場の同僚ということは、聞いていたけど。
私よりも、彼女の事を知らない。
私よりも、彼女の事を大切にしていない。
私よりも―
私よりも―
「……」
けれど、私では、できないことが、できる人。
「……」
私じゃ、彼女を幸せにはしてあげられない。
普通の幸せなんて、与えられない。
結婚して、子供ができて、そのまま年老いて―そんな当たり前は。
「……」
彼女が選んだ人でないと、できない。
「……」
結婚式のさなか。
ふと見た、彼女の、幸せそうな表情が目に浮かぶ。
―初めて見た、笑顔。
この人と幸せになるのだと、決めた、彼女の、美しい笑顔。
知らない人と並ぶ、彼女の笑顔。
「……」
そこに、私が居たかった。
私だって、彼女を笑顔にできるのに。
私の方が。もっと笑わせてあげられるのに。
私の方が――
「……」
それでも私は、もう何もできない。
あの人が選んだ。
自分の手で、幸せをつかんだ。
手繰り寄せ、結んで、解けぬものにした。
病める時も、健やかなるときも―と。
「……」
あの、細く白い指に、指輪がはめられた。するりと、流れるように。
「……」
―キュウと、喉を閉められるような気持だった。
声を上げたい衝動にかられた。
「お前なんかに―おまえなんかに―オマエなんかに――!!!!!」
けれど、あの人が、知らぬその人に、その手で、指輪をはめたとき。
もう声も漏れなかった。
ギュウ―と、喉は締め上げられた。
息もできなくなって。
声も上げられなくなって。
ただ、静かに、息が漏れた。
「……」
昔、この髪がきれいだと、彼女に言われた。
黒くて、長くて、とてもきれいだと。
そう言われた。
その日から、私は髪を伸ばしている。
願掛けでも、何でもない。ただ、彼女を思って。
彼女が褒めてくれた、私の好きなところを、失くさないよう。
「……」
けれど、もう。いらない。
あの人は、知らない人のものになった。
私より、大切な誰かを、持ったのだ。
だから私は、大好きなあの人が。
好きだと言ってくれたこの髪を。
ジャキ――
ジャキ――
ジャキ――
大きな鋏を動かすたび。
身を切られるような思いだった。
ずたずたに、引き裂かれているようだった。
―あの人の事を、忘れようとしているようで。
「……」
グにゃりと視界がゆがむ。
海に溺れたように、呼吸が苦しくなる。
ボロボロと、涙があふれる。
「……」
よかった。
あの人の前で、涙があふれなくて。
言葉が、こぼれなくて。
笑顔で、あの人を、送ることができて。
幸せを祈る。
私は1人。