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始まりの日

「……」


シャカシャカ


外から聞こえるすべての音をシャットダウンするかのように、その少女は目を閉じてイヤホンから聞こえる音楽に集中していた。長い前髪で表情は伺えないが、おそらくリラックスしているのだろう。規則的な呼吸音が彼女からは聞こえる。


「葵ー……って、またか」


そんな外界のすべてを無視する彼女の控室に、つなぎ姿の女性が現れた。ショートカットより短い金色の髪の女性は、葵と呼んだ少女のもとまで歩み寄るとイヤホンを遠慮なく引っこ抜いた。


「……梓さん?何か用ですか」

「客、来てるよ」


葵にフルフェイスのヘルメットを渡した女性──梓は、短く要件を伝えるとまた控室から出ていった。葵はイヤホンを挿したままの音楽プレイヤーをテーブルに置くと、ヘルメットを被り体のラインが隠れる大きめのコートを羽織った。


姿を完全にカモフラージュした葵が控室から出ると、梓が何やら幼い少年と話しているところだった。あの少年が誰なのか葵が考えていると、梓がこちらに気づき手招きした。


「お、来たね。ご覧、あの子がワカだよ」

「へぁ、ほ、本物!?本物のワカ!?」

「……」


葵は何も言わず、梓と少年のもとまで近づくと梓にこの少年が誰なのか問いかけた。


「あんた、今回の試合の資料見てないのか?まあ良いけどさ。試合の前にスタジアム内を抽選で選ばれた一人だけに案内するってやつだよ。で、ついでにプロとも交流できるって企画」

「……あぁ、そんなのあった」

「あんた今の今まで完全に忘れてたでしょ……」


呆れた視線を葵に向ける梓から視線を外し、また少年の方を向くと少年はキラキラした瞳でこちらを見ている。どうやら葵に相当憧れているらしい。


「あ、あの!ワカ!」

「……なに」

「これ!ぼく書いてきたから、後で読んで!」


少年は葵に手紙を差し出した。葵は少年に目線を合わせるようにしゃがみ込むと、片手で手紙を受け取りもう片方の手で少年の頭を撫でた。


「!」

「ありがと。今日の試合も頑張る」


葵はそれだけ言うと、また控室に戻っていった。


「あーもう、まだ交流時間残ってるってのに……。ごめんな、少年。あいつマイペースでさ」

「う、ううん!ワカ、やっぱりかっこいいねお姉ちゃん!ぼく、ますますファンになった!」

「そうかい?なら良いけどさ。さて、あたしも仕事あるから後はスタッフに任せるな。案内頼んだよ。少年、楽しんでな」

「うん!」


最後まで楽しそうに笑う少年を見送り、梓は自身の仕事のため葵の控室とはまた別方向に向かった。




Full-Force通称エフエフ。この国──日本では適性のある国民にリインフォースと呼ばれるパワードスーツが支給される。そのリインフォースを用いて仮想の敵や相手フォーサー(エフエフプレイヤーのことだ)と戦うスポーツがこの国では盛んだ。プロになれる人間はほんの一握りだが、それでもこのスポーツに魅せられる人間は多い。


ワカ──若狭葵もまたプロフォーサーの一人だ。未成年という理由で素性は明かしていないが、その人気は凄まじいものでトップランカーの一人に君臨している。今日の試合はエキシビションの意味合いが強いのでさほど重要でもないが、それでも手は抜かないつもりでいる。なにせ相手は──


「お、ワカはっけーん」

「……オト」


噂をすれば影が差すと言うが、相手のことを考えているだけでもそれが適応されるのだろうか。今日の試合相手であり、葵と同じプロフォーサーの一人オトが前方から歩み寄ってきた。彼は葵より年下のプロフォーサーだが、素性を公開しているため葵と違い素顔で堂々と歩いている。

オトは少女とも間違われるほど可愛らしい顔に、にししっといたずらっぽい笑顔を浮かべた。


「今日は負けないからね。手、抜かないでよ?」

「そっちもね」

「ボクはいつだって全力だもーん。それにしても、なんかご機嫌じゃない?良いことあった?」

「……別に」

「ふーん?ま、良いけどさ」


オトはスタッフに呼ばれ、去っていってしまった。また一人になった葵は、控室に戻りオトにからかわれないようとっさに隠したファンレターを開いた。




『さぁとうとう始まります!プロのフォーサー同士によるエキシビションマッチ!今日の対戦カードは──ワカVSオトだー!!』


司会の煽り立てるようなアナウンスを受けながら、金色の機体と紫の機体が会場に入る。金色の機体が葵の専用リインフォース「イーリス」で、紫の機体がオトの専用リインフォース「シャノン」だ。二機が入場した途端、会場は熱気に包まれ興奮冷めやらぬ様子の人々の歓声が上がる。


「いやー、今日の試合どっち勝つかな!」

「俺はワカだと思うな」

「お前ワカのファンだから肩持ってんだろー」

「それ言ったらお前はオトのファンじゃねーか!」


『ふふ♪今日も人いーっぱい見に来てるね?』


楽しそうなオトの声が通信越しに聞こえ、葵はため息を吐いた。


「オト、この通信機能は緊急時のためのもののはずだけど?」

『別に良いじゃーん。ワカってばほんと頭が固いよね!まぁいいや。今日勝つのはボクだから。そこんとこよろしくね?』

「……ずいぶん今日は勝つことにこだわるね?なにか理由でもあるの」

『……べっつにー?』


それだけ言ってオトからの通信は切れてしまった。一体何だったのか、いや今は試合に集中しようと葵がなにげなく空を見た時。


──黒い影が、シャノンの後ろに迫っていた。


「っ!!」


イーリスの武器である剣を引き抜き、一気にシャノンの後ろに回り攻撃を受け止める。黒い影は不意打ちが成功しなかったことに何の感情も示さず、一度イーリスから距離をとった。


「幻霊……!なんでこんな時に!」

『ワカ!』

「オト、無事!?」

『キミが守ってくれたおかげでね!まったく、こんな時に乗り込んでくるとかほんっと空気読めないんだから!』

「緊急信号は送信した?」

『とっくにね!でも、まさかだけどさぁ。──ワカ、逃げたりしないよね?』

「当然。僕がこんな状況で背中見せるようなアホに見える?」

『見えなーい!』


黒い影が体勢を整えまた向かってきそうなのを察知し、葵は剣を構えた。


『前衛は任せたよ、ワカ』

「支援頼んだ、オト」


影の爪がイーリス目がけて振り下ろされる。しかし俊敏な動きで攻撃を避けたイーリスは、黒い影に剣を突き刺した。そのまま斬り伏せようとしたが、剣が刺さったままで黒い影はまた距離をとった。


『うわ、剣取られてんじゃんダッサー!』

「だから何?」


イーリスが左手に拳を打ち付けると、そこから光の剣が引き抜かれる。


「剣なら、無限に作り出せる。それより、オト?人を煽ってる暇があるなら──」

『ちゃんと仕事ならしてるって』


シャノンが武器であるピアノの鍵盤を叩くと、五線譜が飛び出ていく。五線譜は黒い影に巻き付き、動きを封じた。


『後は頼んだよ!』

「まかせ──」


その時、動きを封じられたはずの黒い影の下から、直線状にトゲが生えてきた。トゲの波と形容できるほどの大量のトゲは、まっすぐこちらに向かってくる。


(なんだ、このトゲ?イーリスなら問題なく避けれるけど──)


葵が回避行動に移ろうとした時。あの少年が──試合の前にファンレターを渡してきた少年が、客席で震えているのが視界に入った。それも、トゲの波の軌道上にいることに少年は気づいていないらしい。


「──くそっ!!」

『ワカ!?』


葵はカスタマイズスキルの発動をイーリスに命じる。


『カスタマイズスキル【瞬間移動】、発動します』


無機的な音声が流れ、その瞬間イーリスは少年達を庇うようにトゲの波の軌道に立った。トゲの波の軌道とイーリスが重なり──イーリスと葵の全身はトゲに貫かれた。


「かはっ……!」


『エマージェンシー、エマージェンシー。機体損傷率、72%。これ以上の機体の維持は困難です──』


全身を襲う痛みと熱で意識が朦朧とする中、リインフォースの展開が解かれ宙に体が投げ出されるのがわかる。


──あぁ、死ぬのか。


この状態では受け身もまともにとれまい。死が、一歩一歩着実に歩み寄ってきている。


──何やってんだろうなぁ、僕。


あの少年は、ただファンレターをくれただけの一人のファンだ。それ以上でもそれ以下でもないというのに。


(……でも)


『ぼく、ワカがかっこよくて大好きなんだ!』


ファンレターの一文を思い出し、葵はうっすらと笑みを浮かべた。


「ありがと……」


──こんな僕のファンでいてくれて。


地面に体を強く打ち付け、葵は目を閉じた。


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