人型と恐怖体験
(97)
「へぇー!あたしに指図するったぁ、いい度胸じゃないのさ!」
ベニは相手を挑発するように言うと、向こうの出方を待った。
すると、大男の脇に控えていた小柄な男がすぐさま噛みついた。
「偉そうな口きいてんじゃねぇー!早く上がってこいっつぅーの!」
声のトーンや口の利き方など、若さゆえの無鉄砲さが感じられる。
ベニはじろりと睨みつけたが、距離があるせいか、または大男が横にいるせいか、若者は負けじと睨み返してきた。
「我々に敵意はない。ただ、対応するよう言われてきただけだ。」
一見、不愛想な物言いの男だが、その言い方にベニは既視感を覚えた。
まさか、そんなはずは…。
「お前さん等に敵意がないなんて、どうして分かるってんだい!
そもそも、お前さんはカラス族なのかい?!」
ベニの問いかけは至極まっとうなものだった。
それはそうだ、彼らは人型をしているのだから。
「何を当たり前のこ…」
大男は、はっとしたように固まった。
そして、おもむろに自らの身体を見下ろし、愕然とした顔になった。
見かねた若者は、フォローするように叫ぶ。
「こ、これには深い訳があんだよ!だけど、俺らはカラス族で間違いねぇーよ!」
ベニは再び眉を寄せ、訝し気に見つめる。
「その訳ってぇーのはなんだい?」
若者は男をチラチラ見ては困ったように口を閉ざし、男は未だ呆然としたままだ。
「…言う気がないのなら、あたしはもう行くよ。
クロノメの旦那には宜しく伝えとくんな。
まぁ、お前さん等がカラス族であるのなら、の話だけどねぇ。」
ふいっと背を向けたベニは、ゆっくりと歩き始めた。
「ま、まって!待ってください!お願い行かないでー!」
数歩と進まぬ内に、若者の情けない声が響いた。
ベニは面倒くさそうに振り返ると、視線だけくれた。
若者は明らかに青ざめており、男とベニを交互に見てはアワアワとするばかりだった。
「もういいねぇ?」
そう言い終わる前には既に背を向け歩き出すベニ。
「ああああの、待って!違うんです!ああヤチノさん、どうしたら…俺!」
パニック寸前の若者が叫んだ名前。
ベニは勢いよく振り返った。
「ヤチノ?ヤチノって言ったのかい?!」
「今頃、上手くやってますかね?」
時を遡り、ヤチノとカヤノを見送った一行は、また歩みを進めていた。
「さぁね。あのバカが足引っ張てなきゃいいけど。」
そう憎まれ口を叩くシメノだが、その表情は明るい。
「というか、あんた。何くつろいだ顔してんの。
分かってるわけ?自分が置かれた状況を。」
「…あ、はい。ワカッテオリマス。」
鋭い突っ込みに苦笑いを浮かべた咲だったが、なぜか不安は感じていなかった。
「シメノ、人間と会話するんじゃない。
人間、お前も舐めた態度を取っていると…分かってるな?」
数メートル先を飛行していたフイノは、咲の前に降り立つと脅すように睨みつけた。
…咲はどうも、このフイノというカラスが好きになれないらしい。
途端に無言となった咲は、フイノを冷たく見下ろした。
「へぇー…どうなるんですかぁー?教えてくださいよ。」
しばしの沈黙のあと喧嘩腰で食って掛かった咲に、フイノも睨み返していたが、唐突に薄ら笑いを浮かべた。
「…ふっ。やはり伝聞というのは当てにならんもんだ。
すまんな、人間。わしは少々買い被り過ぎていたらしい。」
そう憐みとも取れる表情をしたフイノは、再び飛び上がろうとした。
その瞬間、勢いよく振り下ろされた手がフイノの体を拘束した。
「…確かに。あんたらに伝わる話は夢物語だわ。
人間、そんなにハイスペックに出来てねぇんだわ。
でもね…自分で言うならまだしも、他人に否定されんのはクッソ腹立つ!
カラスの丸焼きにしてやろうか!あぁん?!」
そう叫ぶや否や、咲は思いっきりフイノを振り回した。
「や、やめ!やめろぉー!」
「ああ!?聞こえませんが、カラス様ぁ?!」
その後、シメノの笑いを含んだ制止がかかるまでの数分間。
フイノは生涯に渡る恐怖体験となったのであった。