大男
(96)
「…ヤチノさん…。」
「なんだ。」
「あ、あのー…その…。」
フイノ達と別れた2体は、指示のあった場所へと急いでいた。
カヤノは空中を飛行し、ヤチノは…陸路だ。
彼らカラス族といえば、空中のエキスパート。
その飛行技術があってこその戦闘族、と言っても過言ではない。
その反面、陸路は…。
「すんません!俺、はっきり言います!
ヤチノさん遅いっす!!」
しびれを切らしたカヤノは、とうとうその事実を告げた。
「…そうか。それは悪い。しかし、私は飛べぬ。」
ヤチノとて言われなくても分かっている。
しかし、飛べぬ以上どうすることも出来ない。
2体の間には、しばしの沈黙が降りた。
「あっ!いや…うーん、これだったらいけなくも…でも…」
何事か閃いたらしいカヤノは、一瞬その瞳を輝かせた。
しかし途端に渋い顔となり、ヤチノを見ては悩んでいる様子だった。
ヤチノはというと、黙々と歩みを進めてはいるが、遅々として進まない歯がゆさに苛立ちを募らせていた。
「…もう、判断つかねぇから聞いちまった方が早いか?」
ブツブツと独り言を呟いていたカヤノは、すっとヤチノを見下ろし覚悟を決めた。
「ヤチノさん!もしかしたら嫌がるかもなんすけど、提案があります!」
「なんだ。」
ムスッとした声で聞き返したヤチノは、意図せずカヤノを睨み上げた。
カヤノはビクっと体を震わせ、途端に後悔の波が押し寄せる。
やっぱり…言わない方がいいかな。
自分の浅はかな考えで、ヤチノを不機嫌にさせたらどうしよう。
それに…。
カヤノは別れ際に聞いたフイノの懇願を思い出した。
…やっぱり、なし!
「あ、ぁ…すみません。やっぱりな…」
“しっかりしな!兄ちゃんだろ?”
その時、カヤノの胸に響いたのはあの生意気な人間の言葉だった。
…そうだ、こんな時シメノだったらどうするのだろうか。
『はぁ?そんなのやってみないとわかんないでしょ。』
カヤノの脳内に浮かんだ弟は、いつかの姿。
そうだよ、言ってみないと何も始まらないじゃないか!
「ヤ、ヤチノさん!あの、あの…人型になってみませんか!」
怖くて下を向いて叫んだ。
どうしよう、怒鳴られたら…。
早鐘を打つ心臓、カラカラに乾いた口。
む、無理だ…!やっぱり俺にはシメノのようには…
「す、すみま…」
「わかった、どうすればいい?」
「へ?」
あまりにもあっさりと返ってきた承諾は、カヤノを呆けさせた。
「時間がない、カヤノ。」
カヤノを真っ直ぐ見上げるヤチノの目は、ただ真剣で澄んでいた。
「くっそ!なんだってんだい。…ここに来てからこっち、イライラしっぱなしだよ、まったく!」
ポツンと残されたベニは、牙を剥き出し、苛立ちを発散させるがごとく唸っていた。
「好きにしたらいいじゃないのさ!あたしは元々、なんの関係もないんだし。
たまたま、そう!たまたま、あいつ等が近くに現れただけじゃないか。
…そうだよ!何をノコノコとこんなとこまで来てんだか。
ほんと、あたしもついに焼きが回っちまったもんだ。
とんだいい子ちゃんになっちまって、情けないねぇまったく!」
散々吠えたベニは、ため息を1つつくと、ふと真顔になった。
「そうさ…あのボーヤが望んだことじゃないか。
よそモノのあたしが口出すことじゃない。
良かったじゃないのさ、これで望んだ通りになる。」
そう呟いたベニは、登っていた階段に背を向けた。
「…もうあたしは必要ないんだ。
帰ろう。ここは…あたしのいるべき場所じゃない。」
一歩、また一歩と階段を降りる。
「そうだよ、あたしがいるべき場所はここじゃない。
あの子の元に帰らないと…。」
ベニの脳内に浮かぶのは、温かくも穏やかな我が家。
帰ろう、咲を連れて戻ろう。
そして一切を忘れてしまおう。
簡単なことさ、これまでもそうやってきたじゃないか…。
「お前が、紛れ込んだ狐か!」
「!」
あと少しで降りきるという時、突然背後から大声が聞こえた。
ぱっと振り返ったベニは、最上段から見下ろす大男に眉を寄せた。
「…そうだと言ったら、なんだってんだい!」
誰だ…人間?
ベニは訝し気に見つつも、すぐ攻撃に入れるように上体を低くした。
「お前の対応をするよう指示を受けた。こちらに来てもらおう。」
大男は仁王立ちでそう告げると、ぎこちなく左右に揺れながら前へと進み出た。