若と嫌悪感
(82)
「お主…何モノか。」
ピクリと目元を震わせた天狗は、低く構えたまま尋ねた。
「何モノ、ねぇー…。」
ベニは天狗の反応を楽しむように目を細め、少し考えてから口を開いた。
「ちょいと長く生きているだけの、ただの狐さ。」
含みを持たせたその言い方は、天狗の機嫌を損ねたらしい。
天狗の目に明らかな苛立ちが灯った。
「貴様ぁ…」
元々気が短い質なのか、彼は既に怒気をはらんでいた。
「まぁまぁ…お主、何か知っておるようだのう?もしや関係者であるか?」
ピりつきだした空気を変える為か、小柄な天狗が横から口を挟んだ。
そしてゆったりとした動きで大柄な天狗の前に立ち、にこやかにベニと対峙する。
ベニはじっと小柄な天狗を見ていたが、ふっと力を抜いた。
「…お前さん、強いね。サシでやったら、あたしの負けかねぇ~?」
ふふふと笑うベニに、同じくふふふと笑い返す天狗。
「そんなことはあるまいよ。褒めても何もでんぞ。
…して、わしの質問に答えてくれぬか?」
ベニは、ああと反応した。
「いんや、あたしは通りすがりってとこさね。ただ、お前さんらと目的地は一緒のようだ。」
そう答えたベニは、ついでと言わんばかりに言葉を繋げる。
「あたしも一つ聞きたいんだけどねぇ。…お前さん等、寄ってたかって何を企んでるんだい?」
な…に?
やってほしいこと?拒否権はない…?
漠然とした戸惑いを感じていた咲は、ブルノの言葉で反射的に危機感を覚えた。
逃げなきゃ!
そう思うのと同時に、咲の足は駆け出していた。
「ヤチノ。」
咲の行動を予想していたのか、ブルノは至極冷静に指示を下す。
ヤチノは微かな躊躇いを見せたが、すぐに咲を捕獲した。
「は、なして!ヤチノさん、いやだぁ!」
暴れる咲を無理やり押さえつけたヤチノは、咲のことを忘れてしまったかのように冷たい目をしていた。
「…初めからこうしておけば良かったのだ。まったく手間を取らせおって。」
そうブルノは吐き捨て、もはや隠さなくなった嫌悪感に顔を歪めた。
「き、貴様ぁ!先ほどから黙っておれば、ぬけぬけと…!わしが成敗してくれようぞ!!!」
突如、大声を張り上げた大柄な天狗は、掴みかからんばかりの勢いで罵った。
「ほ~う。あたしは別に構いやしないさ。いいのかい?お前さん、負けちゃうよ~?」
敢えて挑発するような言い方をし、大柄な天狗をおちょくるベニ。
天狗は顔を怒りに染め、腰に差していた扇を引き抜いた。
「若っ!落ち着きなされ。貴方がかなう相手ではありませぬ。」
小柄な天狗の声はもはや彼には届いておらず、怒りに支配された彼は小柄な天狗を突き飛ばした。
一歩また一歩と踏み出す度に地面には亀裂が入り、突風が吹き荒れる。
「若っ!!いけませぬ!我らの目的をお忘れか!」
ベニの読み通り、大柄な天狗が次期領主であり、小柄な天狗がそのお付きだったようだ。
やはりそうか、とは思いつつも、ベニは煽り過ぎたことを少し後悔していた。
このままでは話どころではない。
さて…どうしたものか。
「若っ!」
必死に止める小柄な天狗を振り切った彼は扇を構える。
ベニも臨戦態勢に入り、攻撃の備えへと入った。
ピタリと風はやみ、睨み合った両者は1秒、2秒と相手の出方を探る。
その時、凄まじい地響きと共に稲光が落ちた。