トンチンカンと領主様
(81)
「ヤチノ!!お主何をしておるか?!」
ヤチノの言葉を遮ったのは、カラスであった。
驚いた彼はぱっと振り向き、相手を確認すると表情を和らげた。
「おお、ブルノ!」
ブルノと呼ばれたカラスは無言でヤチノの元に降り立つと、鋭く睨み上げた。
「何を呑気にしとるか貴様は!わしは、心配で…心配で、寿命が縮むかと思ったぞい!
なぜこんなにも時間がかかっておる?はっ!もしや…あれが暴れたか?!」
何やら怒っている様子だったブルノは、途端に心配顔に様変わりした。
咲は、見ていて飽きないなと、そんな感想を持った。
「いや、そんなことは…」
ヤチノの視線が咲に注がれ、その視線を追ったブルノは、そこでやっと咲に気が付いたらしい。
「やや!…そこにおったのか。」
咲を視界に入れたブルノは一瞬、その顔を嫌悪感に染めた。
「おっそいねぇ~。ほんと、なーにしてんだい!」
がばっと上体を起こしたベニは、不機嫌そうに鼻から息を吐いた。
「まったく、このあたしに待たせるなんざ100年はや…おや?」
ブーブー文句を垂れつつ再び寝転がったベニは、ふと視線の端に動くモノを捉えた。
それは2体の天狗だった。
体躯の大きな天狗が前を、小柄な天狗はその後ろをゆったりとした動きでついて行く。
「なんだいありゃ…?」
位置が少し離れているからか、彼らはベニの存在に気が付いていないらしい。
そうこうする内に、大柄な天狗が振り返り、小柄な天狗に何事か伝えている様子が見えた。
「はーん、なるほどねぇ~。」
そう呟いたベニは口元に笑みを浮かべ、ふわりと飛び上がった。
「お初にお目にかかる。わしはブルノと申すモノ。お主、名を何と申されるか?」
一瞬浮かんだ嫌悪感は影も形もなく消え去り、ブルノはなんとも温かな笑みを咲に向けた。
「あ…えっと。」
先程みたのは気のせいだったのか。
あまりの変わりように、咲はただ戸惑うばかりであった。
「…?おい、ヤチノ。」
そんな咲の様子にブルノもまた首をひねり、ヤチノに助け舟を求めた。
「なんだ?」
さすがはトンチンカン。
彼らの間に流れる微妙な空気感など、ヤチノに分かろうはずがない。
「いや、なんだではなかろう。あー…、何か緊張されておるのか?
ああ、そうであるか!突然わしが現れたものだから、驚かれているのだな。
これは大変失礼いたした。」
そうブルノは頭を下げたが、はっとしたように再度顔を上げた。
「も、もしや…ヤチノ!貴様、きちんと伝えておるのだろうな?!」
突然慌てだしたブルノは、掴みかからん勢いでヤチノを問いただす。
ヤチノはヤチノで、キョトンとした顔をするばかりである。
そんなヤチノを見るや否や、ブルノは驚愕の表情でワナワナと震え出した。
「ど、どうするのだ!もう先方はこちらに向かっておるのだぞ!
…だから、わしは貴様に任せるべきではないと主張したのだ。
ええい!こうなれば、仕方あるまい。」
そう勢いよく捲し立てたブルノは、キッと咲を睨みつけた。
「人間、お主にはやってもらうことがある。悪いが…拒否権はない。」
「どうも、初めましてかねぇ~?」
にこやかに微笑んだベニは、ふわりと着地した。
「なに奴!」
さっと棒状の何かを構えた天狗は、小柄な天狗を庇うようにベニと対峙した。
「嫌だね~。そんなもの、あたしに向けたところで意味はないよ。
そんなことは、お前さんだって分かっているんだろう?
ねぇーえ?次期領主さまぁ?」
笑みを深めたベニは、そう“大柄な天狗”に話しかけた。




