同胞は言った
(80)
咲は考え込んでいた。
先程から感じるこの胸の痛み。
これはなんだ…?
最初は、病魔の足音ではないかと疑った。
しかしそれは数秒で除外された。
なぜなら、つい先程までオジイノの元にいたからだ。
彼はモグリだと言っていたが、ヤチノの信頼度合から見て、本物であることに間違いないだろう。
そんな彼が見落とすだろうか?
答えはノーだ。
では他に何が考えられるだろうか…。
咲の脳内では、思いつく限りの可能性を探った。
そして…ついに彼女は辿り着いたのだった。
「浅野、もうすぐ着く。高度を下げるぞ。」
“高度を下げるとき、上げるときは一言ください!”
度重なるヤチノ乱高下に、とうとう耐えられなく咲は事前申告制を訴えた。
ヤチノは渋々といった感じで受け入れ、思い出した時には言うようになった。
…これでも進歩した方なのだ。
「浅野?」
返事を寄越さない咲を不思議に思い、ヤチノは軽く振り返った。
そこには、目をつぶって黙り込む咲の姿があった。
その姿を見たヤチノは、瞬時にある言葉を思い出した。
それはまたしても同胞に聞いた、どこで仕入れて来たのか不明な人間情報。
“人間が目をつぶっていて、なおかつ返答がない時…それは彼らの最後を表す。”
「あああ浅野ぉおーー!!」
しばし考えに没頭していたベニは、おもむろに動き始めた。
トントンと軽く跳ねたかと思うと、途端に景色が後方へと猛スピードで移動を始める。
ベニはただ歩いているようにしか見えないが、景色が凄まじい勢いで吹っ飛ぶ。
「まさか…とは、思うんだけどねぇ~え?」
そうポツリとこぼすベニの横顔は、不思議と楽しげにも見えた。
「もしかしたら…あたしはとんでもない時に立ちあっちまうんじゃないかい?」
とうとう笑い出したベニは、しばらく笑い続けるのだった。
「落ち着けバカヤチノ!!私がいつ?最後を迎えたよ??言ってみろ!」
慌てふためき、咲を振り落としかねないほど暴れたヤチノは、只今反省タイムである。
目的地まで目と鼻の先だったが、ヤチノの暴走により急遽、手前の山に着地したのであった。
「…すまない、私の早とちりであった。」
大きな体をシュンとさせるヤチノは大変庇護欲をそそる。
しかし、危うく本当に最後を迎えかけた咲は、庇護欲どころではない。
「はぁー…本当に勘弁してください。その同胞さん?の情報もいいですけど、貴方の背に乗っていたのですから、わかるでしょう?」
やれやれと肩をすくめた咲は、諭すように言葉を重ねる。
咲の言葉にはっとしたヤチノは、更に体を縮こまらせて謝罪した。
「面目ない…私が言うのもなんだが、その…怪我はないか?」
「ないですよ。…バカですね、ほんと。」
脱力気味に咲が答えると、ヤチノは情けない顔を少し和らげた。
「よかった。浅野に何かあったら、私はどう責任を取ったら良いのか…。」
「そういえば、私をあの場所に運ぶのがヤチノさんの仕事って言ってましたけど。
まだ他にもあるんですか?」
「ああ、私もつい失念していたのだが。
浅野をあの場所に運ぶ、というのが私の仕事だった。
しかし、それには続きがあってだな。
それは…」
「ヤチノ!!お主何をしておるか?!」
トン。軽い音一つ鳴らし、ベニはカラス族の住処に辿り着いた。
「おや…?あたしが先かい?どこで油売ってんだい、あの子らは。」
どうやらベニの方が先に着いたらしく、待ち合わせの場所には誰もいなかった。
「どうすんだい…あたしだけ先に入るわけにもいかないだろう。」
カラス族は誇り高き戦闘族であるがゆえに、縄張り意識も強い。
前回訪れた時は、クロノメというカラス族が一緒だった上に、彼らの依頼を元に訪れていたのだから、牙を剥かれる謂れはなかった。
しかし今回は少々複雑だ。
第一に、クロノメの依頼を遂行したとは言えない状況であるということ。
第二に、咲という人間を連れていくということ。
第三に、おそらく何か隠し事をしているであろう彼らに、事情を吐かせるつもりであること。
以上の三点を腹に据えていくのだ。
彼らとて馬鹿ではない、何かしら相応の対応をしてくるだろう。
だからこそ、ヤチノが必要だったのだが…どこで油を売っているのか。
「まったく、次から次へと…面倒だねぇ。」
ベニはごろりと寝転び、彼らを待つしかなかった。