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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
8/127

泥酔の報復と遅刻の報復

(8)

無事、花と合流を果たした咲は、今日一日で降りかかった数々の災いを吹き飛ばすかのように、飲みに飲みまくった。

幸運なことに今日は金曜日であり、明日の予定も特にない。この機会を逃してなるものかと酒豪花とタイマンを張るように飲んだ。

一軒目は近場の、安さを売りにした居酒屋。二軒目は大人な雰囲気漂うバー。最後は満月を肴に缶ビールで乾杯した。この頃になると、地面に落ちている枝が風で舞うだけで笑ってしまうほど出来上がっていた2人。時折、酔いに火照った咲の頬に一筋光るものがあったが、花は見ない振りをした。


翌朝、激しい頭痛を伴って起きた咲は、喉の渇きを癒すために冷蔵庫前へと移動した。

吐く息が酒臭く、眩暈がする。扉を開け、目当てのペットボトルを取り出すと一気に流し込み、やっと人心地ついた。

ふーっ、口の端から零れた水滴を乱暴に拭うと、冷蔵庫にもたれ掛かる。鈍い痛みを訴えるこめかみを気休めに揉みながら、見慣れた室内を見渡した。玄関からベッドまでの道のりに点々と服やら小物などで新しい道が出来ている。

はー…少し休憩したら片づけるか、爽やかな鳥のさえずりが聞こえてきそうな朝とは別世界なほど、

重くねばついた独り言を残し、咲は再びベッドの住人へと舞い戻ったのだった。


再び目を覚ました咲は、むくりと上体を起こし、トイレへとフラフラ向かった。

途中、目に入った置時計が16時過ぎを指していたのには、見て見ぬふりをして用をすます。トイレの扉を閉め、まだそのままだった服の道を無視しかけて、拾い始めた。

まずは玄関。念のため確認したが、靴は壊れていなかった。以前、どうやったのか不明だが、おろしたての靴が破れていたことがあったのだ。あの時は本当に驚いた。

次は、脱ぎ捨てられた服だ。昨日の服装を思い出しながら拾い集める。よかった、全て揃っている。これはよくある話だが、羽織もの関連は意識から抜け落ちやすい。

続いて、部屋の隅に投げ捨てられた鞄である。酒豪花と一緒だったのだから、大丈夫…多分。入社時から愛用しているリュックを拾い上げ、全開になっている中を覗き込んだ。

とりあえず、財布、スマホ、ファイル一式、ポーチ…ミスの許されないラインナップを頭の中に思い浮かべ、素早く確認する。


財布が…ない?!


咲は床にリュックの中身をぶちまけ、もう一度確認した。間違いない、財布だけが行方不明だ。サーっと顔から血の気が引いていく音がした。どうする?どうする!!

最悪、現金は仕方がない。切り捨てよう。でも、保険証やクレジットカードはまずい。

瞬時に最悪のシナリオが描き出される。

悪用されて、多額の支払いが発生し、口座を差し押さえられ、両親にも迷惑がかかり、勘当されて…最後は天井から吊るされた縄を見つめる自分の姿END


そんな!そんな未来、どうしよう。とにかく、落ち着くんだ私!

涙目になりながら意味もなく部屋を見回す。まるで救世主がなんとかしてくれるのを待っているかのように、迷える子羊はただ視線をさ迷わせていた。

ふとベッド前に置いている小机の上に、何故か味噌の容器が出されていることに気が付いた。


なぜ?一瞬、今置かれている状況全てが吹っ飛び、味噌の容器に視線は釘付けになった。私が出したのか…?昨夜の記憶を思い出そうにも、最後の記憶はタクシーから降りた所までだ。

首を傾げ、唸り声を上げるも、思い出せるはずもなく、ましてや今はそれどころではない。

はっとした咲は、またしてもこの世の終わりのような悲壮感を漂わせ、味噌の容器を掴み、冷蔵庫に戻すべく扉を開いた。瞬間感じる冷気が泣き顔を包み、所定の位置である小ポケットに手をかけた。


始めに感じたのはあるはずのない重さだった。味噌が外に出されているのだから、本来空のはずである。一瞬、咲の手が動揺から揺れたが、気にせず一気に手前へと引き出す。途端、咲の目に飛び込んできたのは、何日も何日も飽きることなく探し求めた、こだわりの財布だった。


呆気ない終焉を迎えた財布劇場だったが、咲の胸に今後の教訓を刻み付けるには十分な出来事であった。財布自身も、まさか冷やされる日が来ようとは夢にも思わなかったことだろう。冷気に当てられたレザー生地を頬ずりする咲と、その後ろ姿を優しく包み込む西日。

季節は冬支度を始めたようだ。



時刻は13時。立花ゆり子は、指定されたカフェを見上げていた。

洋風の一軒家という風貌と郊外という立地が合わさり、どこか作り物じみた印象を抱かせる、そんなカフェにゆり子は足を運んでいた。昨日、約束をすっぽかされた穴埋めらしい。

「ふーん。」

さわさわと吹く風に長い髪を弄ばれながら、ゆり子は無感動に呟いた。

ゆり子は、すっぽかされたことに対して何とも思っていなかった。タイミングが合わなかったのだな、ただそう思っただけで、怒ってもいないし悲しんでもいなかった。だから特段ゆり子の方から連絡することもなかったし、相手からの連絡も必要としていなかったのだ。

「別にいいのに…。」

今回の穴埋めの連絡をもらった時、不要だと突っぱねることも出来たのだが、気が付くと了承の連絡をしていた。理由は分かっている。昨日聞かされた部下の不祥事、ゆり子も不倫しているからだ。


燕尾服に身を包んだボーイに案内されたのは、予約席と書かれた半個室だった。

「お連れ様が到着されましたら、改めて参ります。」

丁寧なお辞儀をして離れたボーイを見送り、ゆり子は小さなため息をついた。予約席か、いくらするんだろう。

「別にいいのに…。」

ぼーっと年季の入った柱を眺めている内に、コツコツと革靴が木彫りの床に触れる音が聞こえた。ああ、着いたようだ。


「すまない、また君を待たせてしまったね。…怒っているかい?」

「いいえ、私も今着いた所ですわ。」

「本当かい?すまないね、どうも渋滞に捕まってしまって。」

「休日のお昼間ですものね、お疲れ様です。」

「いやー本当に、疲れたよ。中々進まないのはイライラするものだ。」

「そうでしょうね、ところで実は今日、私の方からもお話があってきました。」

「ゆり子から?なんだろうね…よい話だといいが。」

「どうでしょう。少なくとも私は、はっきりさせておくべきだと思います。」

「…なんだね?」

「私の部下、浅野咲が不倫疑惑をかけられておりますが、これはあなたが仕組んだことですね?清水部長?」


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