女子会
(69)
彼の第一印象は、もの静かな執事だった。
真面目一辺倒の彼は、今日も黙って主の帰りを待つ。
決して声を荒げず、ただひたすらに主の意のままに従う。
たとえ、不当な扱いを受けようとも、黙って受け入れる。
彼はいつだってそうだ。
今日もまた、聖母のように包み込み癒す。
彼は寡黙な仕事人なのだ。
「なんつって。」
ピッタリと隙間なく並べられた二組の布団を前に、咲は儚い現実逃避をしていた。
「な~に?咲ちゃん何か言った?」
化粧を落とした年相応の聡子が笑顔で振り返る。
時刻は12時前。
ウキウキワクワクの女子会が始まろうとしていた。
ばふん
勢いよく身を投げた聡子の身体は、高級布団に吸い込まれた。
「新調したばかりなの~!ああ、楽しみだわ!
ねぇねぇ咲ちゃん。ぜっっったいに寝ないでよ!約束だからね。」
まるで、一緒に完走しようと持ち掛けつつ最後で裏切るアレのようだ。
咲は内心“フラグか?”と思いながら、あいまいに頷いた。
「ああワクワクするわ~!心臓がドキドキいってる。」
咲は内心“不整脈ですか”と思った。
「咲ちゃんはー…彼氏とか、いないの?」
ワクワクと、小声で言いながら顔を近づけてくる聡子から後ずさり、咲は面倒くさそうに首を振った。
予想通りすぎる質問だ。
当たり障りなく、かつ、自分の経験則という名の自慢話に持っていけるからだろうか。
全くもって面倒くさい。
往々にして、この手の質問はこちらが何と言っても筋道は同じなのだ。
“YES”の場合は、やれ早く結婚しろ、私の時はこうだったとなる。
“NO”の場合は、なぜ彼氏を作らないのかとなり、私の時はこうだったとなる。
もはや、自分語りの枕詞ではないか。
咲は露骨に顔を歪め、話の継続を拒否した。
聡子は咲の表情をどう解釈したのか、ムフフと含み笑いをした。
「そうよね~。人生いろいろよね~。
わかるわ!私もね、お父さんと出会った時なん…」
結局こうなるのだ。
咲は、はーっとため息をついた。
聡子がひたすら話し続ける要因の一つは、幸太郎にあると思っている。
きっと、聡子の話を聞いてこなかったのだ。
だから彼女はいつまでも満たされず、だれかれ構わず話し続けることで補おうとしているのだ。
考えようによっては、可哀想な気もする。
しかし、だからと言って彼女を甘やかすのは違う。
そこで咲は、はっとした。
同じことをケルベロスも言っていたではないか。
“相手が誰であれ、迷惑を顧みず押しかける人間に、苦言を呈することの何がいけないのです。”
ああ、まさしくそうだ。
私は何を弱気になっていたのか。
「それでね~、あたし言ってやったの!」
聡子の話は佳境に差し掛かり、悦に入った表情を浮かべる。
何度も聞かされた聡子と幸太郎の痴話げんかシーンである。
この後、聡子はキメ台詞を言うはずだ。
“あんた何様だ!”と。
聡子は鼻から息を吸い込んだ。
「あんたな…」
「あんた何様ですか。」
冷ややかな声で言い放った咲の声は、思いのほか響いた。
聡子は目を数度瞬いた後、口を尖らせた。
「ちょっと~あたしのキメ台詞な…のよ…。」
軽口を叩こうとした聡子だが、咲の冷ややかな表情に言葉尻がしぼむ。
「聡子さん。いい機会なので、はっきりさせておきたいことがあります。
あなた迷惑です。」