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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
64/127

年には勝てない

(64)


「さぁ、入って入って~!」

久しぶりに訪れた北園亭は、やはり重厚でどっしりとした空気が流れていた。

「お、邪魔、しますぅ…。」

小声でボソボソと呟き、玄関を跨いだ咲は、そこで真新しい車椅子を見つけた。

あまり使われた形跡のないそれは、居心地悪そうに玄関の隅に追いやられている。

誰か必要になったのだろうか。

咲の視線に気が付いた聡子が、ああっと声を上げた。


「それね、お父さんの。この前ちょっとした段差でつまずいちゃってねー。

特に怪我とかはしなかったのだけど、息子がうるさく言ってきてね…。

頼みもしてないのに、こんなもの送りつけてきて。」

言葉の端々に感じる親子間の距離。

咲は、そうですかとだけ返し、それ以上の深入りはしなかった。

どこの家庭にも何かしらあるものだ。

他人がおいそれと首を突っ込んでいいはずがない。

聡子の咲に対する執念も、そういった事情が影響しているのかもしれない。

「まぁ、知らんけど。」

小さく呟かれた咲の独り言は、小柄な聡子の背中に届くことはなかった。


「おお、咲ちゃん…だったかな?いらっしゃい。

うちのが世話になっています。」

細いフレームの眼鏡をかけた幸太郎は、読んでいた新聞を畳んだ。

「はい、本当に。あ、いえ…こちらこそお世話になっております。」

儀礼的に頭を下げた咲は、ふと幸太郎の脇に杖が置かれていることに気が付いた。

「あ…。」

車椅子に乗る程ではないが、少なくとも補助が必要になったのかもしれない。

「ははは、恥ずかしい限りだね。年には勝てんよ。」

咲の視線の先を辿った幸太郎は自虐的な笑みを浮かべ、杖を持ち上げてみせた。

「いつまでも若い気持ちでいたが、身体は言うことをきいてくれん。

年は取りたくないねぇー…。」

しみじみ呟く幸太郎は、きっと多くの葛藤と戦っている時なのだろう。

誰もが抗えぬ宿命というやつか。

「お父さん、そうやって気持ちが先に爺になるからダメなんですよ。

私みたいにいつまでも若くないと!」

コーヒーの香りと共に現れた聡子は、幸太郎に軽口を叩いた。

まだショッキングピンクの聡子を見た咲は、無言で頷いた。

なるほど、それでか。


カチャカチャと賑やかな音を立てながら並べられたコーヒーは、あたたかな湯気が立ち昇り、添えられたお菓子はツンとお高い印象を抱かせた。

「さぁどうぞ、召し上がれ。このお菓子はベルギーから送られてきたのよ~!」

ウキウキと、いの一番に手を付けた聡子は幸せそうに顔をほころばせた。

付けまつげは取れたままだ。

「咲ちゃんも、遠慮しないで食べて頂戴!お父さんも!」

1人楽しそうにお菓子を貪る聡子は、こう見ると人畜無害そうなのだが…。

「おい、おまえ止めんか。みっともない。お客さんの前だぞ。」

次から次へと口に放り込まれていくお菓子たちを唖然と見送る咲の横で、幸太郎は少し厳しく窘める。

「いいじゃないですか。お父さんのそういう所が爺の始まりなんですよ。

それに咲ちゃんは今日、お泊りですからね。時間はたっぷりありますよ。」

器用に食べながら話す聡子は、もはや口が二つあるとしか思えない。


いや、待ってよ。今なんて?

「え、とま…」

「咲ちゃん!さっきから全然食べていないじゃない。口に合わなかった?」

それはお前が猛スピードで食べるからだろう、と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、咲はつい今しがた聞こえた恐ろしい言葉を確かめるべく、口を開いた。

「聡子さん。今、なんておっしゃいました…?」

「え、口に合わなかった?」

「違います。その前です!」

「ええー?爺の始まり?」

「違います、その後です。というか爺の始まりってなんですか。」

「だって咲ちゃん酷いのよ~。この前なんてお父さんなんて言ったと…」

「ストップ!聡子さんその話じゃないです、脱線しました。

爺の後です。あ、すみません。つい言葉が…。」

「気にせんでいい。私も爺になった、そこの所は弁えとるつもりだ。

それより、こんなにもうちのと仲良くしてもらって、本当にありがとう。」

幸太郎は深く頭を下げた。

咲は慌てて頭を上げるよう懇願する。

「とんでもないです!私の方こそ、大変お世話になって…。」

場の空気とは恐ろしいものだ。

咲は血を吐きそうな気持で言葉を並べた。

「これからも是非仲良くしてやってください。あれも喜びます。」

再び頭を下げようとする幸太郎に、咲は仕方なく同意した。


「ありがとうね咲ちゃん。お泊り会、楽しみだわ☆」

瞬時に顔色を変えた咲の目に、ニヤリと笑った聡子の顔が焼き付いた。


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