表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
61/127

(61)


“会いに来なさい、人間。”

相変わらず高飛車な彼は、言葉とは裏腹に憔悴しきった表情を浮べる。

ここはどこだろうか。

やけに薄暗い場所で、所々ゴツゴツとした岩が転がっている。

“お前がどうしてもと言うのなら、縁を結んでやってもいいでしょう。”

冷たそうな地面に体を横たえた彼は、荒い呼吸を繰り返す。

“だから…早く、会いに来なさい。早く…!”


パチッと目を覚ました咲は、なんとも後味の悪い気分であった。

いくら夢の内容とはいえ、憔悴しきったケルベロスの姿は胸にくるものがある。

そんな咲の心情を投影したかのように、今日の空模様は冴えない。

「今日は雨かな…。」

呟かれた言葉は重量をもって空間に溶け込み、咲は拳を握りしめた。

ケルベロスが消息を絶ってから、1月が経とうとしていた日のことである。



「浅野さん、もう慣れた?」

「咲ちゃんは出来る子だから~、余裕で慣れたでしょう~。」

「ええ、まぁ。ぼちぼち…ですかね。」

愛想笑いを浮かべた咲は、下原と西川に隠れてため息をついた。


週3日の勤務。一週間に3日間だけ、それさえ我慢すればいい。

松永事件のあと、盛大に泣き腫らした咲は諦めの境地に辿り着いた。

本音を言えば今すぐにでも辞めてしまいたい。

しかし、入って直ぐに辞めるのは先方に迷惑が掛かる。

更には聡子の襲撃が…などと考えだしたら、ここに居るしかなかった。

ただ、悪い事ばかりではない。

どうやら松永は神出鬼没のようで、彼女にとってシフト表は意味をなしていなかったのだ。

これは不幸中の幸いであった。

もちろん、全く出会わないというわけではないのだが、顔を合わす日が少しでも減るというだけで咲の心は救われた。


「そうだ~。咲ちゃん厄介な奴に好かれちゃったらしいね☆たーいへん(笑)」

何が、たーいへんだ。

楽しそうに目を細める下原に内心毒づき、咲は困った顔を見せた。

「そうなんですよ…。私の何がいいのか、仕事中もくっついてこられて。

どうしたらいいのでしょうか…?」

「あの子ずっとああなの。寄生虫みたいでしょ?

ああやって、宿主を探しているのよね。

浅野さんも運が悪かったと思って諦めるしかないわ。」

西川は心配そうな表情を取り繕ってはいるが、その瞳の奥は笑っていた。


下原、西川とそれなりに言葉を交わすようになり、彼女たちの特性が大体わかってきた。

下原は大の噂好きで、物事が面白くなるのならば嘘を吹き込むことも厭わない。

西川は一見常識人であるが、自分を正当化するためなら手段を選ばない。

そして2人に共通している点は、悪口が大好物ということだった。

今もまた、松永というネタを元に嬉々として口を開いている。

「ほーんと、咲ちゃん運わるーい。

なんでまた珍しく出勤してきた松永に会っちゃうかな。

まぁでも、これでまたしばらくは来ないと思うなー。良かったね☆」

トントンと咲の肩を叩いた下原は、もう松永の話題に飽きたらしく、西川相手に違う話題に移っていた。

咲は愛想笑いを浮かべつつレジ台に向き直り、小さく舌打ちをした。

「何が良かったね、だよ。」


勤務を終え、愛車に乗り込んだ咲は、そこで強烈な眠気に襲われた。

“人間…早く、来なさい。”

息も絶え絶えに呟くケルベロスは、以前よりも悪化しているようだった。

毛並みは以前の輝きを失い、宝石のようだった瞳は濁っている。

あまりの変わりように、夢だと分かっていながら涙があふれた。

“早く…はや…”

もはや言葉を紡ぐ元気もないのか、ヒューヒューと喉が音を立てる。

“ケルベロス!どこにいるの!?”

気が付くと咲は叫んでいた。

“…早く、さ…き”

はっと目が覚めた咲は、ハンドルをきつく握りしめていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ