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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
58/127

最悪手

(58)


勤務2日目となる今日は、生憎の雨模様となった。

咲は、今や愛車となった中古車に乗り込み、エンジンをかけた。

途端、流れ出す大音量のラジオに心臓が跳ね上がる。

「な!なんで…ちょっとうるさっ!」

必死にボリュウームのツマミを操作するも、なぜか音は大きくなるばかり。

もしやあの販売店に騙されたか。

咲の脳内は、中古車を購入した時のやけにハイテンションな営業を思い出した。

その時、大音量のラジオに紛れて誰かの囁きが耳に届いた。

しかしそれは一瞬のことで、すぐさま大音量の海に飲みこまれる。

咲は祈るような気持ちで再度ツマミをひねった。

“お願いします。ローンがまだ…!”

すると祈りが通じたのか、嘘のような静寂が訪れた。


音量事件の後、まるで何事もなかったかのように快適な愛車に揺られ、スーパーへと到着した咲は、更衣室に直行した。

「あ、お疲れ様です。」

てっきり無人だと思った室内には、女性が1人静かに着替えていた。

咲の声に反応した女性はピタリと動きを止め、無言で頭を下げる。

人見知りするタイプだろうか。

咲は特に気にするでもなく、自分が与えられたロッカーを開いた。

その途端、何か重たいものが落下したような音が響いた。

不思議に思い、音のした方に視線を向けると、そこには驚愕の表情で固まる女性がいた。

「…な、なんですか?」

改めて女性の顔を見た咲は、青白い彼女の顔に少し寒気がした。

「あ、ああ…あの…。」

うわ言のように何事か呟いた女性は、ゆっくりと咲へと歩み寄る。

「ひっ!な、なに?なんですか!?」

咲は反射的に後ずさったが、ロッカーが邪魔して逃げ場がない。

「あああの…それぇ…」

さして広くもない更衣室である。

間もなく女性は咲の元へと辿り着き、血走った眼を見開いた。

咲は死を覚悟した。

「あああの、新しく入られた方…ですか?」

「…は?」



最悪だ。

止めどなく漏れるため息をつきつつ、咲はレジ台の前に待機していた。

…その横には、更衣室で一緒になった女性、松永がオドオドとした表情で並んでいる。



「ちがう…?でも、そこはレジ担当のロッカーで…。

え、やっぱ違うの?ああああ、ごめんなさい。」

ポカーンとした顔で固まる咲を残し、何やら1人で喋り続け、そして泣き出した。

「え、え?待って。なんで泣いて…あの、落ち着いてください!」

なぜか宥める羽目となった咲は、女性の肩を優しく撫でる。

「あああ、ごめんなさい。私嬉しくて…。私、松永薫っていいます。」

「え、はぁ。はじめまして…?」

唐突に行われた自己紹介に驚いていると、松永は再び目を見開いた。

「え…ど、どうして…名乗ってくれないんですか?

ああああ、私に名前教えたくないってことですか?」

ぼたぼたと大粒の涙を流しながら、咲を見上げる松永はもはやホラーであった。

「ち、違う!落ち着いて。浅野です、浅野咲ですーー!」

勢いよく名乗った咲は、少し息を乱した。

「…浅野さん、浅野さん、浅野さん…覚えました。よろしくお願いします。」

やっと泣き止んだ松永は、にっこりと微笑んだ。

その笑顔があまりにも綺麗で、咲は脱力した。


その後、どうやら同じ時間帯の勤務だったらしい松永と一緒に更衣室を出た。

なぜか咲の制服の裾を握ったまま付いてくる松永に困惑していると、沢井が怖い顔をして待ち構えていた。

「おはようございます。

松永さん!あれほど、あれほど言ったでしょ!

どうして無断欠勤するの?!

体調不良なのは仕方ないけど、連絡ぐらい入れなさい。

返事は?!」

「………はい、すみませんでした。」

蚊の鳴くような声で呟いた松永は、言い終わると同時に咲の後ろへと隠れる。

「あなたねー…そろそろ自立したらどうなの。

浅野さん、ごめんなさいね。

えっと…浅野さんは、昨日と同じレジ台をお願いね。

松永さんはその隣よ。」

重いため息をついた沢井は、それぞれに指示を出した。

沢井の暗い表情から、なんとなく事情を察した咲は、硬い表情で頷いた。


沢井の口ぶりから察するに、松永は要注意人物だろう。

今後の円滑なスーパー勤務を考え、咲はこれ以上松永に関わるのを控えようと決めた。

そう…決めたのに。

松永が咲から離れたがらない。

指示のあったレジ台は隣のはずだが、しれっと咲の隣に並ぶ。

「え、松永さんは隣…」

最後まで言い終わる前に、松永はぼたぼたと大粒の涙を流し始め、無言の圧力をかけてくる。

勘弁してくれ!

咲は助けを求めるべく、沢井へと視線を向けた。

沢井は無表情でこちらを見ていたが、ふいに視線を外した。

咲はそこで初めて、最悪手を選んだことを悟った。


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