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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
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勤務初日

(57)


ケルベロスが消息を絶ってから、早ひと月が過ぎようとしていた。

その間、時々イブキとベニは連れ立って何処かに出かけていくようになった。

きっとケルベロスに会いに行っているのだろう。

咲は気にしていない風を装いながらも、心の中は穏やかではなかった。

思い出されるのは最後の会話ばかり。

そして失望感にまみれた、ケルベロスの顔だった。



「浅野咲です。よろしくお願いします。」

ぺこりと下げられた咲の頭上からは、パラパラと気持ち程度の拍手が聞こえた。

歪みそうな顔に力を入れ、笑顔を取り繕って顔を上げる。

「はい、じゃあ。みなさん持ち場に戻ってください。

浅野さんはこっちね。」

咲はこれから上司となる沢井に促され、バックヤードへと歩き出した。


ここは、この辺りでは唯一と思われるスーパーだ。

車で20分。近いとは言えない距離である。

しかし今の咲にとってはそれが有難かった。

「ごめんなさいね。少し…難しい方が多いから。」

先程の軽い拍手を指してだろう、沢井は申し訳なさそうに呟いた。


咲が担当するレジ業務は総勢6人。

人口密度のそう高くない土地柄、買いに来る人も疎ら。

下手したら全員知り合いなんて場合もある。

そんな中、見るからに外から来たであろう若者が1人、自分たちのテリトリーに現れたのだ。

警戒するのも当然だろう。

「いえ、これくらいの反応の方が楽です。」

つい聡子と比べながら返答すると、沢井は不思議そうな顔をした。

「あ、いや。これから仲良く出来たら嬉しいです。」

ヘラヘラと笑う咲に返ってきたのは、苦笑だった。


作業内容自体は想定の範囲内、というか暇すぎて心配になるレベルだった。

沢井の案内で一巡した店内は、来客者の人数に比例するかのように簡素で、陳列棚も少ない。

レジ台の操作も、沢井の教え方が上手いのか、何度か繰り返すうちに慣れた。

問題は…従業員である。

なぜ従業員募集する必要があったのか不明なほどの店だ。

必然的に手持ち無沙汰となる時間がどうしても生まれる。

何か娯楽がないとやってられない、というのが正直なところだろう。

そこに現れたのが、見慣れない外から来たであろう若者。

そう、咲はかっこうの餌食となったのだ。


「浅野さん…で、あってる?」

まず初めに声を掛けてきたのは、50代ぐらいのふっくらとした女性だった。

下原と名乗り、黒縁眼鏡を押し上げた彼女は、妙に甲高い声を特徴としていた。

「見慣れない顔だから、外から来たんでしょ~?

どうしてまたこんな田舎に来ちゃったの~?」

お互いレジ台の前に待機した状態での立ち話だ。

咲は勤務初日からサボっていると思われたくない一心で、ボソボソと小声での返答に留めた。

対する下原は、勤続年数が長いベテランの余裕なのか、大胆にもレジ台に腰かけて見せた。

「え、下原さん…大丈夫なんですか?!」

思わず問いただした咲に、下原はニヤリと笑った。

「だ~いじょうぶ。この時間、だーれも来ないから!」

ケタケタ子供のように笑った彼女は、とうとう自分のレジ台を離れ、咲の横にすり寄った。

「ねぇ~、浅野ちゃん。

あたしから1つ、気を付けた方がいい事を教えてあげるね。

沢井は要注意人物だよ。」

コソコソと耳打ちした内容は、注意喚起のようなものだった。

「沢井さん…ですか?え、なんでですか?良い人そうに見えましたけど…。」

「んもぅ!浅野ちゃんは鈍感さんね。

まぁ、今日が初対面だから仕方ないか。

あのね、あいつは気に入らない奴を辞めさせてるんだよ。」

「ええ!そうなんですか?!」

「そう。だから、あいつには注意しといた方がいいよ。

でないと、辞めさせ…」

「下原さん!浅野さん!勤務中ですよ!」

件の沢井から叱責が飛び、ワーと両手を上げ馬鹿にした様子で下原は戻っていった。


その後、しばらくはポツリポツリと客が現れ、レジ業務に集中することとなった咲だが、ふとした瞬間に下原の話が浮かぶ。

「気に入らない人か…。」

人間が寄り集まれば、多かれ少なかれ衝突はあるものだろう。

それをどうやって切り抜けていくか。

…生きていくのはどうしてこうも難しいのだろう。

渋い顔をして俯く咲は、ふいに肩を叩かれ顔を上げた。


「あさ…のさんよね?どうしたの、体調悪い?」

そこには姿勢よく佇む女性、西川がいた。

「あ、いえ。大丈夫です。ちょっと…人生について考えていたもので。」

「人生?…変わった子ね。とりあえず体調が悪いわけではないのね?」

咲は大きく頷き、改めてお礼を言った。

「そう、よかった。…実は心配していたのよ。」

ここで西川はちらりと辺りを見渡し、ぐっと声を抑えて囁いた。

「あなた、下原さんには気を付けた方がいいわ。

あの人、気に入らないとすぐ辞めさせるから。」


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