下された決断
(53)
少し考えたい。
そうイブキに言われ、結論が出ぬまま宙ぶらりん状態がしばらく続いた。
咲は咲で、退職に向けた引継ぎやら、心を入れ替えたアピールをしてくる飯田の対応などで忙しく、半ば放置ぎみであった。
「咲ちゃん、今日時間もらえるかな?」
退職日が差し迫ったある日、普段通り爽やかな笑みを浮かべたイブキが言った。
ここ最近の、深く考え込んでいた彼の姿はそこにはなく、どこか吹っ切れたような表情に咲は内心ホッとした。
どうやらそれはベニも同じだったらしく、フンと大袈裟に鼻を鳴らした。
時刻は19時過ぎ。
晩御飯を終え、片付けは見て見ぬふりをした咲は、温かいお茶を入れてから腰を落ち着かせた。
ベニはコンパクトサイズに変わり、咲の頭に伏せた状態で落ち着いた。
「あのベニさん…これ結構首にくるんですけど?」
「お前さんの鍛錬をしてやってんだ。我慢しな。」
咲が釈然としない顔をした時、ベランダの扉がすっと開いた。
「ごめんごめん!遅くなっちゃった。」
いつもなら玄関から入ってくるはずのイブキは、顔の前で手を合わせながら登場した。
「それは別にいいけど…なんでまたベランダ?」
少し戸惑った顔をする咲に、イブキはニヤリと笑って見せた。
「ふふふふ。今日は特別ゲス…」
「入りますよ、人間。」
イブキの見せ場を完全に潰し、つまらそうな表情を浮かべたケルベロスが現れた。
「はい、どうぞ。…ってぇー!!ケルベロス!!」
「黙りなさい人間。そして、誰の許可を得て呼び捨てにしているのです。
前にも言いましたけど。はい。」
「君ね!僕の紹介があってから、登場でしょう?
ちゃんと聞いていたのかな?そのフサフサした耳は飾りなのかな?うん?」
「…一気に賑やかになったねぇ~。
ちょいと、そこのお2人さん。扉閉めとくれよ。」
ベニの言うように途端に賑やかになった室内は、3体の神獣が一堂に会するという滅多にお目にかかれない状況となった。
「初めに結論から言うね。
咲ちゃんが提案してくれた方向で動いてみようと思います。」
照れたような笑みを浮かべながらも、イブキは真っ直ぐに咲を見て告げた。
「そっか…。うん、わかった!
いつ行く?今?今いっちゃう??」
咲は、自分の中で出来上がりつつある何かに押されるようにして言葉を並べた。
「ちょいと落ち着きな。」
そんな咲に待ったをかけたベニは、ちらりとケルベロスに視線を投げた。
「おにーちゃん、ここにアイツがいるのはどういう意味なのかね?
もしかして…本当に咲の提案通りに行くつもりなのかい?」
ベニはひょいと咲の頭から飛び降りると、元のサイズに戻り、ケルベロスと咲の間に立った。
「ふー…そこの狐っ子は、私に何か思う所があるようですね?」
ケルベロスの発した“狐っ子”という言葉で、ベニは臨戦態勢に入った。
呼応するように、ベランダの扉前で器用に座っていたケルベロスも立ち上がる。
「待って!ちょっと待って!僕の話を最後まで聞いて。」
唯一人型のイブキは睨み合う2体の間に躍り出た。
「…いいでしょう。」
「…早くしな!」
2体はお互いゆっくりと床に腰を下ろしたが、目は片時も逸らさない。
「はいはい。じゃあよく聞いてね。」
そうイブキが話し始めた内容は、概ね咲の提案通りであった。
ただし、ケルベロスが咲と行動を共にした上で良いと思えば、という厄介な条件が付け加えられていた。