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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
48/127

お昼のひと時

(48)

飯田と別れた咲は、ひとまずオフィスへと戻ることにした。

散々馬鹿にされた平社員とはいえ、こうも連日席を離れていれば自ずと仕事はたまる。

細かい事務作業から何件かの電話。

咲は自席へと向かいながら、ある程度の段取りを組んでいた。


今日の私は仕事の出来る女だ。

時刻は昼下がり。

1人おにぎりを頬張る咲は、ご満悦の様子である。

予定していた仕事がサクサクと片付き、今日中には目途がつきそうなのだ。

ふふ~ふんチャラチャンチャンふふふ~ん。

よくわからない歌を口ずさんでいた咲は、そこで見覚えのある後ろ姿を見つけた。

「あ、佐竹さんだ。」


営業部の稼ぎ頭であり、ゆり子狂信者でもある佐竹充。

彼は会社が好きだ。

天職と言っても良いほど自分に合っている営業。

周りは気心知れる仲間たち。

そして何より…立花ゆり子に会えるのだから。

そんな彼が唯一嫌いな時が、昼休憩だった。


咲は何とはなしに佐竹の動向を目で追っていた。

彼は少し離れたベンチに腰掛け、コートのポケットに両手を入れて空を仰いだ。

その横顔がなんとも悲し気で、そんな必要もないのに少し心が動いた。

何かトラブルだろうか。

それとも、何か不幸が…?

一度その可能性に辿り着いてしまうと、頭の中はその事で一杯になる。

しかし、佐竹との接点が無いに等しい咲は、なんと声を掛けたらいいのだろうか。

咲がウジウジと悩んでいる間に、佐竹は小さな枝で地面を掘りだした。

「間違いない。…これは、行き場のない悲しみを地面に埋めようとしているんだ!」

咲の心は決まった。

例え、不審がられようといいじゃないか。

それで彼の悲しみが少しでも和らぐのなら。


佐竹はぼんやり空を眺めていた。

夕方から雨予報だからか、雲の流れが速い。

「あ、あの雲はゆり子様の眉の形に近い。

あ!あれはゆり子様の指先だ。

あれは…」

ひとしきり雲を見て心を和ませていると、首が痛くなってきた。

ゆっくり首を回してストレッチしていると、近くに手頃な枝が転がっていた。

佐竹は特に意味もなく拾い上げ、ふと地面に突き立てた。

あまり力を入れていなかった枝は呆気なく倒れ、削られた地面に短い線が描かれた。

それを見た佐竹はすっかり童心にかえり、地面を掘り始める。

しばらく掘り進めると、枝が耐えきれずに折れてしまい、彼の手には短くなった枝が残った。

佐竹は枝をしばらく眺め、おもむろに相合傘を描き始めた。

「いや…さすがに恥ずかしいか。」

一度書かれた“佐竹”の文字はすぐに消したが、“ゆり子様”の文字はどうしても消すことが出来ない。

しかしこのまま残しておいたら、誰かに踏まれてしまうかもしれない。

佐竹は苦渋の選択に迫られた。

どうしよう。消すべきか…消さざるべきか。


咲は意を決して立ち上がった。

幸い人通りは少なく、周りに配慮する必要はなさそうだ。

問題は、下手に関わったことで佐竹の心を掻き乱してしまうことだ。

咲はまた悩み始めた。

事によってはとても繊細な問題かもしれない。

…やはり止めよう。

ほとんど関わりのない人間が首を突っ込んでいいはずがない。

咲はまたベンチに座り直した。

ふと見ると、佐竹は地面に向かって険しい顔をしている。

「もしかして…何か進展が…?」

咲は動揺した。

自分が小さなことで悩んでいるうちに、事態は悪化してしまったのかもしれない。

“覚悟を決めろ!目の前で悩んでいる人がいるんだ。今行かないでいつ行くんだ!”

咲は拳を握りしめ、再び立ち上がった。


佐竹の右手が出されては引っ込み、また出される。

たとえ文字とはいえ、“ゆり子様”の文字を足で消すことなど到底出来ない。

彼はまだ迷っていた。

むしろ残す方向に傾きつつあった。

「文字も小さいし、残しておいても…。」

佐竹がブツブツと独り言を呟いていると、彼に歩み寄る人物がいた。

「先輩~、探しましたよ。

何してるん…うわ、まじ何してんすか。」

ヘラヘラ顔で歩み寄った新藤は、地面の文字を見て露骨に顔を顰めた。

「いや、これは…何というか出来心で…。」

勢いよく立ち上がった佐竹は、慌てて新藤の視界から隠すように立ちふさがる。

「いや出来心って…うわ!なんすか、ハートマークまで付けて。

え!これ、先輩自分で書いたんすか?

横の消された場所って、もしかして自分の名前…?

うわぁー…先輩ヤバいっすね。」

明らかにドン引きした新藤の声に、見る見る内に佐竹の顔は赤らんだ。


「あ、そうだ。この機会だから言っておきますけど。

昼休憩になる度に死にそうな顔するのやめてください。

しかも理由が、ゆり子様と清水部長のイチャイチャを見たくないからって。

いい大人なんですから、割り切りましょう。

…まぁ、公の場でイチャコラするあの人らも大概っすけど。」

ふーっとため息をついた新藤は、俯いたまま微動だにしない佐竹に気が付いた。

「あれ?先輩?…やべっ!

じゃ、じゃあ俺はこのへんで~。」

「待て。確かに新藤君の意見は一理あるな。

もっと詳しく聞かせて欲しいな。」

今まで俯いていた佐竹は、さっと顔を上げた。

にこやかな笑みを浮かべた目は、笑っていなかった。

「いやぁーまぁ…ははは。

あ!ゆり子様だ!」

危険を察知した新藤は古典的な技で逃亡を図る。

「なに!どこだ!!」

そして見事に引っかかった佐竹が視線を外した隙に、軽やかに走り去った。

「…おい、いないじゃ…待たんかゴラァ!」


コントのようなやり取りが繰り広げられた、とある日の昼下がり。

咲は無駄にでかい新藤の声で状況を把握し、ホッと胸を撫でおろした。

そして自分も、ゆり子のような悪癖が垣間見えた気がして寒気がしたのは、また別のお話。


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