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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
44/127

哀れな男

(44)

まったく。

朝から怒声を浴びせることになるとは…。

新藤と別れた咲は結局飲み物も買えなかったこともあり、足取り重くオフィスへと戻った。


気だるい朝礼を上の空で乗り切り、最後まで覚えられなかったおじ様の有難い説教を聞き流し、さてお仕事と、腕まくりをした時のことである。

スマホが着信を知らせた。

ぱっと画面を見ると“飯田課長(笑)”とあった。

一瞬、咲の顔に般若が宿ったが深呼吸と共に追いやり、画面をタップした。

「…はい。」

「君、何をした?」

そこには憔悴しきった哀れな男がいた。


またここか。

咲は指定された部屋を見上げ、ため息をついた。

ガチャン。

無機質な音をたてて開いた扉を押さえ、咲は室内を一瞥する。

机に両腕を置き、顔を伏せていた男は音に反応して顔を上げた。

ガッチリと固められているはずの髪は乱れ、無精ひげが目立った。

「やぁ…すまないね、呼び出して。」

よろよろと立ち上がった飯田は、力なく微笑もうとして失敗した。

充血した目から察するに、寝れなかったのだろう。

「あ…どうぞ座って。」

「いえ、こちらで結構です。長居するつもりはありませんので。」

ピシャリと跳ね除ける咲に、飯田は悲しそうに目を伏せた。

明らかに弱っている相手に強く出るのは多少心苦しかったが、向こうの自業自得なので気にしないことにする。

「それで、お話というのは?」

「ああ…実は昨夜遅くに、花が別れたいと言ってきた。」

もはや、嘘を貫き通す気も起きないらしい。

「そうですか。」

咲は無表情を崩さず、平坦に返した。

花もまた、約束を守ったようだ。

だからといって咲にはもはや関係のないこと。

「だからなんですか?」

縋るような目で見てくる飯田を咲は突き放した。


「君に…こんな事を言うのは筋違いな事は分かっている。

そして、僕と会話をするのも嫌であろうことも分かっている。

でも!どうか…たのむ!花と別れたくないんだ!」

そう叫んだ飯田は、咲の目の前で土下座した。

哀れな男は、恥も外聞もなく床に頭をこすり付け懇願した。

「お断りします。」

咲の冷淡な声を受け、尚も頭をこすり付ける彼は本当に花が好きなのかもしれない。

しかし、今の飯田に何ができる?

飯田家の婿である地位を捨てず、花も手放したくない。

虫が良すぎるだろう。


「…飯田課長。頭をあげてください。」

咲の呆れた声をどう勘違いしたのか、飯田は嬉しそうに顔を上げた。

「そ、それじゃ…」

「やるべき事がちげぇーだろって。

そんなに花が好きか?あぁ?

だったら、まずは身軽になることが先なんじゃねーの!?

なに、良いとこ取りしようとしてるわけ?

その空っぽの頭でよーく考えろよ、くず!」

花との話し合いで、咲は全てを被る事に了承した。

しかしそれは花のことが大切だったから。

決して飯田の為ではない。

浅ましくも、復縁の援護射撃を頼んでくるこの馬鹿に力を貸してやる義理はないのだ。

というか、散々人を罵っておいてよく言える。

「ここまで言われて何も変われなかったら、お前は救いようのないクズだわ。

二度とそのツラ私の前に出すんじゃねーよ。」

咲の豹変に始めこそ驚いていた飯田だが、そのうちボロボロと泣き出し、終いには声を張り上げて泣き出した。


「ほんと、この部屋なんか憑いてるんじゃない?」

泣き叫ぶ飯田を1人残し、会議室Bを出た咲は首を傾げていた。

その背後では、また別の戦いが起きようとしていた。

ベニとイブキは犬のような何かと対面していたのである。

「君ねー、うちの咲ちゃんを困らせないでくれるかな?」

「…別に私は人間を困らせたくてしているわけではないので。はい。」

「お前さんの話し方鼻につくね。」

「それはそっちが勝手に思っていることですから。はい。」

イブキは険しい顔をしながら腕を組み、ベニは低く唸った。

犬のような何かは、話は終わった、とでも言いたげにそっぽを向く。

その時、突然扉が開いた。


「待ってくれ!浅田くん、浅田くーん!」

哀れな飯田は、必死な声で咲を呼び止める。

咲は心底嫌そうな顔をして振り返り、飯田を睨みつけた。

「浅野です。の!どこに脳みそ置いて来たんですか?」

「ああ!すまない、浅野君。…僕は、決心した。」

何かを決意したらしい飯田は、ここで深呼吸をした。

すると、彼の肩辺りに何かがふわりと着地するのが見えた。

咲は見間違いかと数度瞬きを繰り返したが、どうやら見間違いではないらしい。

飯田の肩には何やら犬らしきものが顔を覗かせていた


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