ピリオド
(42)
待ち合わせは18時30分。
場所は、会社近くのファミレス。
疲れた笑みを浮かべた店員に案内され、角のソファー席に着いたのが18時過ぎ。
まだ約束まで時間がある。
咲はだらりと身体をソファーに預け、ぼんやりと天井を見上げた。
さて…吉とでるか凶とで…
「ああ!久しぶりだね~この感じ!
ちょいと、何か頼まないのかい?」
「僕はなんだか苦手かも…ざわざわしてる。」
人がセンチメンタルな気分に浸っている時に…まぁ、いいか。
「いやいや。こういう時は、相手が来てから頼んだ方がいいの。
店員さんの手間が増えるから。」
「なんだい、人間は面倒くさいね~。」
「咲ちゃん!あの子供たち、走り回ってるけどいいの?
あ!あっちは転げ回ってる!」
「…お2人さん。ちょっと静かにしてて。
なんでここに来たか分かってるでしょ?」
咲が軽くため息をつくと、ベニとイブキはションボリと身をすくめた。
そして、見る見る内に2人の身体が小さくなったかと思うと、卓上にあった紙ナプキン立ての横にちょこんと座った。
「ごめんね。ここで大人しくしているよ!」
ミニサイズのイブキが手を振り、その横ではミニサイズのベニが寝そべった。
精霊はなんでも有りなのか…。
しばし2人を眺めた後、咲は来る戦いに向け精神統一に入った。
18時32分。
バタバタと息を切らして現れた花。
相変わらず微妙にルーズだ。
「ごめん!本当にごめんなさい!システムにエラーが…。」
「うん。…とりあえず座ったら?」
悪いけど、言い訳を聞いてあげられるような精神状態じゃない。
咲は目を伏せたまま、花が着席するのを待った。
「…そうだね。」
花は重たそうな鞄を椅子に乗せ、その上に上着を無造作に置いた。
その上着は花の誕生日に咲が送ったものだ。
じんわりと目元が熱くなったが、気づかない振りをする。
「もう頼んだ?」
ぎこちなく微笑む花に首を振って答え、無言でインターフォンを押した。
店内は徐々に賑わいを増し、それに伴って雑音も大きくなっていく。
聞かれたくない話をするには打ってつけの状況だろう。
「あの、さ…。」
お互い下を向いたまま、既に数分の時が過ぎていた。
イメージトレーニングの甲斐なく、不格好に切り出した咲はまた口をつぐんでしまった。
一体なんと言ったらいいのだろうか。
嵌めやがって?
汚い真似しやがって?
違う。もはや怒りの感情を抱く時期は過ぎた。
今は…ただ。
「…どうしてこんなことしたの?」
するりと言葉が出ていた。
そのあまりにも感情のない声色に、はっとした花はぎゅっと目を閉じた。
「こんなことって…?」
分かっている癖に。
顔を上げた咲は、花を真っ直ぐ見つめた。
「どうして私を嵌めたの?」
通い慣れた駅へと向かいながら、咲は空を見上げた。
中途半端な都会の空には、中途半端な星が輝いているらしい。
「今日は飲むぞ~!」
“また?…いいけど、ちゃんと帰ってよ?”
ほんの少し前までは当たり前だった会話が、夜風に紛れて聞こえた気がした。
「お前さん、強いのかい?」
「程ほどに、だからね咲ちゃん。」
元のサイズに戻った2人は、咲を挟むようにして歩きながら言う。
その言い草になんだか笑いが込み上げた。
咲は思いっきり2人を抱きしめると、夜空に向かって叫んだ。
「あばよ!」
明日、朝一番で主任に伝えよう。
きっと直ぐに受理されるだろう。
その後は…そうだな。
田舎暮らし、はじめてみました。