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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
37/127

Mr.ポンコツとMs.クラッシャー

(37)


「…いかがなものでしょうか!」

肩を怒らせ、うっすらと上気した顔で言い放った咲の言葉は、正確に2人の耳へと伝えられ、会議室Bを死の静寂へと誘った。


飯田貴子は、中途半端に腕を組みかけた状態で固まった。

立花ゆり子は、髪を掻きあげようとして固まった。

浅野咲は、2人の様子に困惑して固まった。

イブキとベニは腹を抱えて笑った後、空気を読んで姿を消した。


永遠とも思える数秒が経ち、ゆっくりと立ち上がった貴子を見た咲は青ざめた。

鬼がいる。

「…なんですって?あんた、もう一度言っ…」

コンコンガチャ☆

Mr.ポンコツ飯田悟が現れた。


飯田悟は、部屋に入った瞬間に何故か冷汗が出た。

きっと本能的に危険を察知したのだろう。

「コーヒーをお持ちし…」

扉の正面に立つ貴子の姿を捉え、飯田は口を開いたが、途中で異変に気が付いた。

いつもならシャンと立つ貴子が俯きがちに頭を垂れ、長い黒髪の隙間から覗く彼女の瞳は猛禽類のそれを彷彿とさせた。

「し、失礼しました!」

「待ちなさい。」

決して大きな声ではないのに、飯田の足をピタリと止めさせる貴子の声。

長年に渡る調教の成果だろうか。

「今来たところじゃない。こちらに来なさい。…早く!」

途端すっ飛んでいった飯田は、震える手でコーヒーカップを置いた。

「ありがとう。」

にこりともしない貴子は、ゆっくりと椅子に腰かけ足を組んだ。


飯田はその横で所在無げに立ち尽くし、ふと周りを見回して驚いた。

どうやら、今初めて他に人がいたことに気が付いたようだ。

そして咲の姿を見るや否や、思わず叫んでいた。

「君!こんなところにいたのかね!」

咲は目を丸めて驚いた。

まさか…この状況で、貴子の許可なく発言出来る人間がいるとは。

つくづく実感した、彼はポンコツである。

「誰の許可を得て発言しているのかしら?」

案の定、猛禽類の目を向けられた飯田はあえなく戦意を喪失した。


「さて、皆さん。一度話を整理いたしましょうか。」

コーヒーを一口飲んだ貴子は全体を見渡し、そう発言した。

勿論、発言権を持っているのは貴子のみで、他の人間はただ彼女の言葉を聞かされるだけである。

「まず初めに、はっきりさせておかなくてはならない事があります。

そこの貴方、名前はなんだったかしら?」

「…浅野さ…」

「そう、浅野さん。」

絶対わざとであろう子供のような嫌がらせをする貴子に、食って掛かる気などおきず、咲は大人しく黙った。

「貴方は確か、私にこう言ったわよね?会社を私物化するのはいかがなものか、と。」

質問というよりは詰問だった。

驚愕の表情を浮かべる飯田を一瞥し、咲は真っ直ぐに貴子を見つめた。

「はい、確かに申し上げました。しかしそれは…」

「聞かれたことだけ答えたらいいの。いいわね?」

「…はい。」


完全なる貴子の独壇場である。

この頃にはさすがの咲も、どうやら貴子は相当上の立場らしいことが分かっていた。

それと同時に、とんでもないことをしてしまったらしいことも。

とは言え時すでに遅し。

今はただ、女王の腹の虫が治まるのを待つしかない。

咲は貴子にバレないようにそっとため息をついた。

その時、視界の端でゆり子が動いた。


「飯田専務、宜しいでしょうか?」

すっと貴子の元へと歩み寄ったゆり子は、発言の許可を申し出た。

「いいわ。」

初動の印象が良かったからか、ゆり子に対する態度は柔らかい。

「ありがとうございます。まずは部下の非礼を謝らせてください。

大変申し訳ございません。

私の監督不行き届きが原因で、飯田専務のご気分を害してしまいました。」

再び深々と頭を下げたゆり子と、間髪入れずに追随した咲。

今回は、咲もしっかりと状況を把握していた為動けた。

内心安堵のため息をついていると、明らかに機嫌の良くなった貴子の声が聞こえた。

「そうね。貴方はしっかりしているようだし、今回は大目に見ましょう。

でも次回はないわ。部下の躾はしっかりと行うよう厳命します。」

満足げな貴子にそう言われ、ゆり子は聖母のような微笑みを浮かべた。


「はい、畏まりました。つきましては、部下の躾の一環と致しまして、浅野咲と飯田課長の不倫疑惑に関して報告申し上げます。」



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