お久しぶりのゆり子様
(30)
「お待たせ!あき…あ、清水部長たら話が長いものだから。
…浅野さん?おおい!」
『会議室B』
気が付くと、咲は扉に手をかけた状態で立っていた。
迷える聖獣たちを救ってくれ。
軽はずみにも受け入れてしまったイブキの願いは、咲にとって未知のモノであった。
やっぱり無しで☆
なんて、心の底から喜んでいる様子のイブキに言えるはずもなく。
咲の顔に浮かぶは、後悔の二文字。
「あんた…大丈夫なのかい?」
言い方こそぶっきらぼうではあるが、ベニの瞳からはこちらを気遣っている様子が伝わった。
「…いやぁ~、正直よくわかっていないんですよね。
…聖獣ってなんだぁぁ!!っていうのが正直な気持ちです。」
咲は苦笑いを浮かべながら率直な気持ちを打ち明けた。
「…別に、無理してすることじゃない。
あの兄ちゃんは…少しは悲しむかもしれないけど、そんな簡単なものじゃないし。
あんたの意志が大事でしょ。」
そう言うベニの瞳は、どこまでも澄んでいた。
本音で言っているのだろう。
…少し、この狐のことを見くびっていたようだ。
ベニが言うように、イブキの願いは大変な道のりなのかもしれない。
それと同時に、きっと多くの救いともなるのだろう。
どうする?
咲は今一度自分の胸に問いかけた。
そして…
「浅野咲、全力で取り組ませていただきます。」
不安そうな表情を浮かべるベニとイブキにしっかりと届くように、声を張り上げる。
咲の言葉を聞いた2人は、一瞬呆けた顔を見せた後、顔をくしゃくしゃにした。
後悔?不安?
もちろん有る。それも特盛だ。
でも、まだ見ぬ誰かを救えるのなら…
残りの人生、全て使うことになっても悔いはない。
いつの間にこんな聖人君主のような人間になっていたのか。
咲は、泣き出したイブキと寄り添うベニを見ながら苦笑いを浮かべた。
「そういえば、ベニさんキャラ全然違いますよね。」
場が落ち着いてきた頃、ふと思ったことが口から出た。
ベニが化けていた老婆は、粘着質な笑みを浮かべた老獪な人物で、てっきりベニ自身のキャラなのかと思っていたのだが…。
「…あれは、参考にしただけだから。」
何やらモゴモゴと言うベニ。
見かねたイブキが代弁した所によると、どうやらモデルがいたらしい。
そして、咲にはいまいちピンとこなかったことだが、咲たちが生活する次元に長らく身を置いていると、徐々に重りをまとってしまうらしい。
その重りは聖獣を狂わせ、苦しみを与え続ける。
「そんな、逃れられないの?」
咲の悲痛な訴えに、イブキは首を振ることで答えた。
「ただし、1つだけ助かる術がある。それが、縁を結ぶことなんだ。」
ああ、それで。
イブキの願いの根底が見えた。
ベニのように苦しみ続けることしか出来ない聖獣たちを救う。
今はっきりと刻まれた使命は、やはり重たかった。
「さてと、ひとまず咲ちゃんに話しておかなければいけないことは以上かな?」
すっかりリーダー然としたイブキは、自分の頭を整理するように言いつつ、ベニに目配せした。
「後は追々でいいんじゃない。先は長いんだし。」
ベニの何気ない一言が咲の頭にズンと乗る。
やっぱ早まったかなぁー…ははは。
空笑いする咲を他所に、2人は目配せし、ふわふわと風が吹き始めた。
「よし、じゃあ元の場所に送り返すね!」
イブキの言葉をきっかけに、咲の身体がふわりと持ち上がった。
そして冒頭に戻るわけである。
「…浅野さん?おおい!!」
はっと気が付いた咲は、頭一つ分高い立花ゆり子の姿を視界に捉えた。
「ああ、立花主任。どうしたんですか?」
視点の定まっていない咲がふわふわと返すと、ゆり子は片方の眉を器用に上げた。
「どうしたって…あなた寝ぼけているの?」
寝ぼけている?私が…?
ここはどこ?私は…浅野咲。
あれ、何していたんだっけ…?
霞がかったようにぼんやりする頭を振り、散らばった情報を拾い集める。
確か…会議室Bに行ったら占いのお婆さんがいて、なんやかんやあってイブキがお兄ちゃんで、お婆さんはベニで……
はっ!!
「主任~!!!」
散らばっていたピースがはまり、全体像が出来上がると、込み上げてくる何かが堰を切ったようにあふれ出した。
目の前でおいおいと泣き出した咲を咄嗟に受け止めたゆり子ではあったが、彼女は困惑の表情を浮かべていた。しかし、そこはゆり子である。
呆けていたかと思われた咲が突然泣き出すという情緒不安定さ。
それはつまり、例の事件からくる心の葛藤。
”やはり私の推理は間違っていなかった!”
ゆり子は内心、胸を張っていた。