チョーボ~後編~
(26)
無言の時というのは、どうしてこうも息苦しく感じるのだろうか。
原因が自分にあるから、かなー…。
瞬時に状況を悟った咲は、これはいち早く修正するべきであることを本能的に察した。
経験上、相手が真剣に考えてくれている場合ほど早めの対処が肝要である。
問題はどうやって、である。
…どうする?どうする!
時間にしたら数分にも満たないくらいではあったが、咲の頭は財布事件以来のフル回転を余儀なくされた。
「お婆さん…その、誠に申し上げにくいのですが。実は…」
ここは素直に謝ろう、そうした方がいいに決まっている。
咲の心は決まった。
「ごめんなさい。実は、偽名でした。私は浅野咲と申します…。」
しんと静まり返った室内。
咲は恐ろしくて老婆の顔を見られず、太ももの上に置かれた自分の手を見ていた。
つーと、冷汗が背中をつたう感覚。思わず身震いする。
嘘をついた自分が悪いのだが、一言でもいい…何か話してほしい。
そしてどうか、この痛い程の静寂から解放してくれ…。
息苦しくて居たたまれない。
この無限に続くかと思われた地獄は、拍子抜けするほど呆気なく終わりを迎える。
「なんだ、そうなのかい!それならそうと早くお言いよ。」
老婆から放たれたこの一言で、重い沈黙が一気に霧散したのだ。
咲はホッと胸をなでおろし、顔を上げようとして凍り付いた。
「…なんて、言うと思ったかい?」
その瞬間、咲の身体は何かフサフサしたもので覆われ、空中へと持ち上げられた。
「このあたしに嘘を言うなんて、中々肝の座った小娘だよ。」
口、胸、腰、膝をフサフサしたもので締めつけられ、老婆の前に吊るされる。
老婆は、不気味なお婆さんスタイルから大きな狐へと変化しており、フサフサしたものは沢山ある尻尾であることが分かった。
そういえば、おでん屋が“狐のばあさん”と言っていた。
妙に冷静な頭が記憶を引っ張り出したが、今更どうこう出来るわけもなく、咲はただ吊り下げられるばかりだった。
「お前さん、なんで嘘をついたのかね?」
ぐっと老婆側に寄せられた咲は、間近で狐の顔に覗き込まれた。
まるで化粧を施したかのように目元を彩る黒と朱。
ピンと張った髭や動きに合わせて脈打つフサフサとした毛並み。
意外にもつぶらな瞳。
咲の心を打ち抜くには十分すぎる程のルックスであった。
「かわいい…。」
心の声として発したつもりが、しっかりと口に出ており、我関せずを貫いていたチョーボは思わずといった感じで呟いた。
「ヤバい奴だわ。」
どのくらい時間が経ったのだろうか。
咲はこれ幸いと、じっくり狐の顔を堪能し、老婆はまさかの反応を見せる人間にただ茫然とし、空気となっていたチョーボは、面白いことになったとニンマリしていた。
始めに我に返ったのは意外にも咲だった。
「あ、すみません。あまりにも可愛かったものですから…。えっと、何でしたっけ?
ああ!なんで嘘をついたのか、でしたっけ?…上手く説明出来ないんですけど、強いて言うなら本能ですかね?」
緊張、恐怖…老婆が想定していた反応はそこにはなく、むしろ満たされたような笑みを浮かべる咲は、老婆の質問に答えた。
「コイツやべぇ。」
またしても呟かれたチョーボの言葉などなんのその、咲は人生で一番と言っていい程、充実感に胸を震わせていた。




