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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
24/127

チョーボ~前編~

(24)


「お前さんを疑うわけじゃあないんだけどね。あたしは疑り深い質なもんだから。」

そう独り言のように言う老婆は、先ほど見た大判ノートを再度机に広げ、ペラペラとページをめくり始めた。

「ここは…ああ、そうか。無理かね?そうだねー…。」


時折めくる手を止めてはブツブツと呟き、まためくる。

この繰り返しを何度か行った所で、老婆の手がピタリと止まった。

「ふむ…まあ、いいだろう。あんたが言うなら。」

まるで誰かと会話しているかのようなやり取りの後、つと老婆が顔を上げた。


「お前さん、名を何と言ったかね?」

「…ゆい、です。」

理由はわからない。ただ、なんとなく、本名を告げるのを躊躇った。

「ゆいね。良い名前じゃないか。」

老婆は大判ノートに向かって言うように呟き、何かを書きつけた。


老婆を対面から見ていた咲は、漠然とした焦燥感を味わっていた。

まるで取り返しのつかない選択に迫られているような。

人生の岐路に立たされているような。

そんなどこか楽しみで怖い、相反する感情が渦巻く。


「そんな顔しなさんな。なにも取って食おうなんて考えちゃいないよ。」

考えが顔に出ていたのか、老婆は咲の顔を上目遣いに見ながら言った。


「さて、ゆい。ここにお前さんの名前を書いてもらおうか。」

老婆は大判ノートを咲に渡しながら、しわくちゃの指でトントンと叩いた。

渡されたノートはお世辞にも綺麗とは言えず、所々何かの染みや食べカスらしきものが付着しており、咲は咄嗟にノートから手を放してしまった。


やばっ!

重力に従い落下するノートを掴もうと、咲の右手が反応したが空振りに終わる。

それもそのはず、ノートが蝶のように羽ばたき咲の顔を覗き込んできたからだ。


「あんたねぇ!扱いにはまじ気をつけろしぃ!」

目の前でバサバサと浮かぶノート。

老婆の声でも、ましてや自分の声でもない甲高い声。

…ちょっと待って。一回、落ち着かせて。


咲は一度目を閉じ、何度か深呼吸を繰り返した。

よし、はいどうぞ!

勢いよく目を開けた咲は、当然のように浮遊するノートを視界に捉えた。

「あ、起きた?だいじょーぶ?失神したんか思たww」


「あの…ノート、ですよね?私が話しかけている相手はノートで合ってますよね?」

咲は誰にともなく尋ねた。

反応は様々。

老婆からは“何を当たり前なこと聞いているのか?”という目。

ノートからはムッとしたような気配がした。


あ、私が変なのか…。

自分以外の反応から自身を疑いそうになった咲だが、いや違うよね!というセルフツッコミにより、なんとか気を保った。


「えっと、あー…お婆さん。ノートに書けばいいんですよね?」

まだ混乱したままではあるが、咲は話を進めようと老婆に聞いた。

すると、老婆の近くを旋回していたノートが咲の元へと飛んできて叫んだ。


「チョーボ!」


突然飛んできたノートに驚くは、耳元で叫ばれるはで、ノートが声高に叫ぶ内容にまで頭が回らない。

「な、なに?うるさっ!」

尚も執拗に顔の周りを飛び回り、チョーボ!チョーボ!と叫びまくる。


「チョーボ!落ち着きな。」

ノートのインパクトが大きすぎて、もはや空気と化していた老婆が咎めた。

途端、急速に勢いをなくしたノートがすごすごと戻っていく。


「すまないね。お前さんには悪いんだけどね、チョーボって呼んでやってくれないかい?

この子らにとって名前ってーのは、それはそれは大事なもんなのさ。」

老婆の口から語られた事実に、咲はバツの悪い表情を浮かべた。

知らなかったとは言え、悪い事をしてしまった。


「チョーボさん。すみません。」

「…別に、いいし!気にしてないし!」

老婆の横でフワフワと上下するノート改めチョーボが、少し可愛らしく感じられた。

うん?

チョーボ…

チョー簿…

帳簿……安直過ぎない?


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