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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
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当たるも八卦当たらぬも八卦

(2)

は…?死ぬ…?

顔に張り付けた表情のまま一時停止した私に、おおよそ話題とかけ離れた嬉々とした表情で老婆が繰り返す。

「あんた、死ぬかもね。さて、今日は何が知りたいのかな?」


待て、ちょっと待て。何、明日の天気は晴れだねみたいなノリで人の死を予言してるの。占いってこんな唐突な感じで進んでいくシステムなの?私が知らないだけで普通の流れなのか、それともこの老婆がぶっ飛んでいるのか。爆弾発言をかました本人は至って普通の顔をして私の返事を待っていた。

アルコールが居座る頭で考え、そして辿り着いた結論。きっとこれがこの老婆の常套手段なのだ。誰だって死を予言されたら気になってあれこれ聞くだろう。そうすれば料金がどんどん上がっていく、そういうシステムなのだろう。…なんだか急に馬鹿らしくなってきた。やっぱり慣れないことをするものではないな、私はため息をつき、まだ返事を待っている老婆に笑顔を向けた。

「そうですか、人生何があるかわかりませんね。教えていただいて、ありがとうございます。今日は帰ることにします。お代いくらですか?」

老婆は私の顔をじっとみてきた。また電池の切れた人形のような、あの目だ。薄気味悪い目に見つめられ、腕に鳥肌が立った。

「いいよ、今日は初回サービス。次回からいただくからね。」

次回など存在しないが、にこやかにお礼を伝え立ち上がった。ふと腕時計に目を落とすと既に2時を回っている。少々ゆっくりし過ぎたようだ。


急ぎ足で駅へと向かい、無事タクシーに乗り込む。滑らかに走り出す車体から伝わる心地よい振動が眠りを誘い、目を閉じた。いくつかの夢をみたところで家に辿り着き、中途半端な覚醒状態のままオートロックを解除して、エレベーターで7階まで上がる。エレベーターが開いて右手に折れ、2つ目のドアに鍵を差し込んで回した。

暗い室内に向けて、ただいまと呟く。1人暮らしの部屋なのだから返事があった方が怖いのだが癖で言ってしまう。靴箱の上に置かれた小箱に鍵を放り込み、足にまとわりつくヒールを脱ぎ捨てた。玄関に置いたまま忘れたゴミ袋をまたいで避け、短い廊下を進み部屋の明りをつける。

短大卒業と同時に始めた一人暮らしは今年で4年目。この適度な狭さが気に入っている。ベッドに鞄を投げて、すぐに部屋着に着替え、化粧を落として眼鏡に変えたところでやっと一息ついた。定位置のクッションに腰を下ろし、ベッドにもたれ掛かりながらスマホをいじる。時刻は3時前を指していた。そろそろ寝ようか、そう独り言を呟きベッドに潜り込んだ。仰向けになって目を閉じると睡魔が手招きしているのを感じた。今日は色々なことがあったな、占いってあんな感じなのか。取り留めのない事柄が浮かんでは消え、眠りに落ちる寸前、そういえば老婆がいたあの路地、確か道路整備がなされたかで更地になっていたのではなかったか。


翌朝、解除し忘れたアラーム音でたたき起こされた。布団から右手を出してまさぐると、いつもの定位置にない。無視して二度寝に挑戦したが、どんどん激しくなっていくアラーム音にとうとう根負けして起き上がった。寝不足の上に、若干の二日酔い。コンディションは最悪だ。

「うるさいなぁー、わかったよ。わかりました!」

机の上で存在をアピールするスマホに文句を垂れながらアラームを解除し、ついでに充電器に差し込んだ。途端に静かになった部屋に私のため息が響く。ボスンとベッドに倒れ込み、改めて二度寝を決め込もうと目を閉じた時、今度はバイブ音がした。盛大に舌打ちをして起き上がり、乱暴にスマホを掴むと着信相手は母だった。緊急の用かと思い、慌てて出ると、思いのほかのんびりとした声が聞こえた。

「おはよう~。元気にやってる?」

昨日も電話で話したばかりなのだから、早々状況は変わりようがないのだが、素直に元気だと答えた。その後30分程話して、どうやら暇つぶしの相手に選ばれただけだったらしいと発覚し、通話を終えた。


母の暇つぶし役を終え、改めてベッドに寝転がる。今日は特に用事がない、このまま惰眠を貪るのも有りか。カーテン越しに日差しが増していく外を見やり、脳内会議が開かれた。結局、会議は揉めることもなく、せっかく早起きしたのだから出かけようということで纏まり、そそくさと風呂場へ向かうのだった。

10時過ぎ、昨日出し忘れたゴミ袋を片手にオートロックの扉を開けた。途端に容赦ない日差しが降り注ぎ、眉をひそめる。隣接したゴミステーションまで小走りで進むと、熱心に掃き掃除をする女性の姿があった。こちらに背を向けて、丁度地面に落ちていた生ごみを拾い上げたところだ。

「うわ、最悪…。」

思わず口から零れた言葉は、近くを走る車の騒音がかき消してくれて彼女の耳に入らずに済んだ。ホッと胸を撫でおろし、ごみ袋に視線を落とす。どうしよう、一度部屋に戻るか。苦手な人との会話を我慢するか、7階までもう一度戻るか。どちらがましな選択か天秤にかける。そう悩むことなく踵を返そうとした時、女性が振り返ってしまった。あっと思った瞬間には、頭の頂点から突き抜けるような高い声で話しかけられた。

「まぁ~まぁ~まぁ~!こんにちは、今日もいいお天気で。お出かけ?それともお仕事?

あらぁ~、綺麗な格好しているからデートに決まっているわよね!おばちゃんだからそこらへん疎くて嫌んなっちゃうわ。まぁっ!ゴミを出す時間は9時までって決まりがあるでしょう?ほんと、若い人はルールを破ってばかりで。でも、今日は特別に見逃してあげるわね!デートに遅れたら大変だものね!」

マシンガントークとはよく言ったもので、この管理人のおばさんには初対面からこんな感じで意思の疎通が図れていない。私が持ってきたゴミ袋を持って、にこやかに手を振るおばさんに見送られ、どっと疲れた身体を引きずる。きっと勝手にゴミ袋を開けられて分別のチェックもされるのだろうな…更に気が重くなった。


駅に着くと、人だかりが出来ていた。どうやら人身事故があったらしくダイヤが乱れているらしい。無意識にスマホを取り出して時間を確認する。特に急いでいるわけでもないのに時刻が気になってしまうのは現代病だろうか。

突然、構内に怒声が響き渡り、下げていた視線を上げた。見ると、改札前で駅員に掴みかかるおっさん。拾える単語を繋ぎ合わせると、大事な商談に間に合わないとかなんとか。駅員も駅員で、されるがまま平謝り状態だ。私含め、周りにはそれなりに人がいたのに誰一人助けに入る気配がなく、ましてやスマホを構える始末。これも一種の現代病なのだろう。

電車に乗るのを諦め、さびれた商店街へと足を向ける。ほとんどシャッターが降ろされ、人通りもまばら。たまに開けている店では、暇そうな店員が虚ろな表情を浮かべている。仕事中の私もあんな表情をしているのだろうか。上の空で歩いていたからか、気が付くと横道に紛れ込んでしまったらしい。まだ午前中だというのに薄暗く、風通しの悪い不気味な路地だ。本能がこれ以上進むなと、そう告げている気がした。慌てて商店街に戻ろうと来た道を選んだはずが、何故か袋小路に出てしまい、嫌な汗が背中を伝う。喉がカラカラに干上がり何度嚥下しても渇きが癒えない。動揺して足をひねりながらも踵を返し、角をまがる。すると見覚えのあるオレンジ色の明りと、背を曲げて座る老婆の姿があった。


「え…なんで。」

呟いた言葉は思いのほか大きく、ピクっと反応した老婆がこちらを仰ぎ見た。

「おや、死ななかったみたいだね。当たるも八卦当たらぬも八卦。」


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