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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
19/127

浅野咲の衝撃~序章~

(19)

新藤が自販機との戦いに明け暮れていた頃、浅野咲は付き合いきれないとばかりに、ため息を1つ残して踵を返していた。


オフィスへと続く廊下を歩きながら腕時計へと目を落とすと、時刻は8時45分。

始業時刻までまだ時間がある。

この時間帯ともなると静かだった廊下にも活気があふれ、人通りも多くなる。

咲は無意識に誰とも視線が合わないよう、伏し目がちになっていた。

「オフィスには始業時間ギリギリに滑り込んだらいいか。荷物も席に置いて来ているし、遅刻を疑われることもないでしょう。」

自分に言い聞かせるような独り言を呟き、咲の足はとある場所へと向かっていた。


オフィス近くの非常口から繋がる、取り壊し待ちの建物。

本来なら行き来できるはずのない旧本社である。


きっかけは、上司のゆり子だった。彼女は週に一度、14時45分になると姿を消す。

始めの頃はトイレかなにかだろうと思っていた咲だが、ある時、たまたま廊下を急ぐゆり子の後姿を見たことがあった。それも、小走りに急ぐ珍しい姿である。


これは後をつけるべき!

直感的にそう感じた咲は、さっと身を翻してゆり子の後を追いかけた。

彼女は後ろを気にした素振りは全く見せず、ただ急いでトイレを通り過ぎ、突き当りを曲がった。その後ろ姿を見送った咲は、はたと立ち止まる。

そこは確か、非常口があるばかりの一畳にも満たない場所のはずだ。


なるほど、そこに何かがあるのか…。

ニヤリと笑った咲は、壁に身体を密着させ、曲がり角ギリギリに待機した。

意識の全てを右耳に集中させ、一言も聞き漏らさないよう目を閉じる。

……………

………

…何も聞こえない?

そんなばかな!確かにゆり子はこの角を曲がったのだ。

………………

…やっぱり聞こえない。

もしかして…いない?

咲の頭には色々な可能性が飛び交い、しばしの作戦会議の末、この目で確かめた方が早いという結論に至った。


「あー、私のハンカチがぁー。」

仮に、向こう側にいた場合を想定し、あくまで落としたハンカチを取りに来た体を装って、咲は張り付いていた壁からおどり出た。

え…いない?

そこにはあるはずのゆり子の姿はなく、何もない空間があるだけだった。


どういうこと?やっぱり私の見間違い?

…最近、疲れた顔してるって花に言われたところだもんなぁー。

そうかそうか、私疲れてるのか。ははははは……。

そんなわけないだろう!


一瞬、我が身を疑いかけた咲だが、さすがにこの怪奇現象を“疲れていた”で片づけることは出来なかった。

何かあるはずだ。何か…。

咲は一畳にも満たない小さなスペースを睨みつけ、つぶさに観察した。

壁クリアー。床クリアー。観葉植物クリアー。

残るは非常口、だけど…まさかね。

咲は半笑いの状態で非常口のノブを回した。

その途端、カチャンと開いたドアと咲の口。

まじか…。


そこから旧本社への通路を発見して今に至るわけだが、最近気になることがある。

どうも出入りしている人間が増えたように感じるのだ。

咲の知る限り、立花ゆり子と清水部長の2人だけだったはずだ。

それがどうも違うらしい。


始業時間までの間、旧本社にある秘密基地へと向かおうとした咲は、非常口の異変に気が付いた。

ノブの位置が違う。

非常口のノブは、建付けの問題なのか老朽化したからなのか、毎回同じ位置に戻るとは限らない。

ある時は正常位置に、ある時は下部位置にと様々だった。

咲が知る限り、ゆり子も清水部長も正常位置にしっかりと戻していた。

出入りが出来ていることがバレてしまえば、また施錠されかねないからである。

咲もまた同様に、ノブの位置には注意していたのだが…。

今目の前にあるのは、垂れ下がるようにして静止したノブだった。

やっぱり、出入りしている人間が増えている。

咲の眉間に少し皺が寄った。誰だろう…?


その時、非常口の向こう側から足音が聞こえた。

咄嗟にしゃがんだ咲は息を殺し、気配を探る。

「おい、その機材はこっちじゃねーって!」

「あ!すんません!!」

二言三言続いて遠ざかっていく足音に、ほーっと安堵のため息をついた。

今日のところは、行くのをやめておいた方がいいのかな。

ノブの位置、業者の声。咲には障害の多い道のりに感じられた。


いや!やっぱり行こう!

すくっと立ち上がった咲は、自販機から続くアンラッキーを払うかのように、力強くノブを押し開けた。


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