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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
17/127

フレッシュマンの葛藤

(17)

月曜日。

ここ、第二オフィスフロンティアでは新しい一週間が始まろうとしていた。大方の社員が愛しい布団との、耐え難い別れを乗り越え出勤してくる。新入社員新藤もその一人であった。


新藤翔、年齢23歳。

“何事にも全力で取り組みます!”なんとも気合の入った言葉で内定を勝ち取ったフレッシュマンである。そんなフレッシュマンの口からは、似つかわしくない重いため息が1つ、2つ…。

彼がなぜこうも浮かない顔をしているのか、話は金曜日まで遡る。


バタン!!

浅野咲が勢いよく閉めた扉の音は、新藤の中に絶望的な響きとしてこだました。

反射的に振り返った新藤の目には、失望感を隠そうともしない先輩たちの目、目、目。

ああ…終わった。俺の順風満帆な社会人生活がたった今、終了しました。お疲れさまでした…。新藤の中で流れ始めるエンドロール。

~新藤翔・社会人編END~次回作は、波乱のフリーランス!?乞うご期待☆

顔面蒼白で現実逃避する新藤の肩をポンポンと叩く者がいた。立花ゆり子である。

もし、もし彼女が突然立ち上がらなければ、浅野咲をみすみす逃すようなことにはならなかったかもしれない。行き場のない怒りや焦りは、何も知らないゆり子に向けられる。

「…っす。」

伏し目がちに軽く頭を下げ、ゆり子から距離を取った新藤は、足取り重く自席へと戻っていく。ゆり子は「…っす。」の意味を計りかね、困惑した表情を浮かべながら新藤の背中を見送った。


自席へと戻った新藤の肩を新たに叩く者が現れた。怖い先輩1号、佐竹である。そして新藤に特攻隊を命じたのも佐竹であった。

恐る恐る振り返る新藤の目に映った佐竹は、仏のような微笑みを浮かべていた。

「新藤君、ちょっといいかな?」

執拗に左肩を撫でる佐竹の目が笑っていない。新藤の心拍数が一気に上がった。

「は、はい!」

勢いよく立ち上がった反動で、新藤の椅子が後方へと吹っ飛んだ。

「おいおい。そんなに焦らなくても大丈夫だから。」

クスクス笑う佐竹の後ろについて行きながら、新藤は冷汗が止まらなかった。


佐竹がクルリとこちらを向いたのは廊下の端。非常用出口が設置された奥まった場所だった。

「さて、新藤君。私がどうして君を呼び出したのか、わかるかな?」

壁にもたれ掛かった佐竹が、上目遣いで新藤をみる。

「はい、僕がみすみす浅野さんを取り逃したからです。」

新藤が佐竹を怖いと思うところは2つあった。1つは、新藤の学生時代お世話になった先生に佐竹が瓜二つであり、よく叱られた過去を思い出してしまうからである。初めて佐竹にあった時は、思わず「先生!」と駆け寄ってしまったこともあり、それ以来、何かにつけては先生風を装って接してくるので、佐竹自身は気に入っているのではないかと睨んでいる。

「よろしい。では、どうすれば浅野さんに話を聞くことが出来たと思うかな?」

「はい!立花主任に邪魔されなければ、浅野さんを捕まえることが出来たと思います。」

その瞬間、佐竹の顔色がガラリと変わったのが分かった。

「違う!全く違うね。いいかい、新藤君。ゆり子様がお立ちになった時、むしろ君が邪魔をしてしまったよね?もう少しでゆり子様の啓示があるところだったのに。あまつさえ!新藤君、君の左肩!そこに先ほど、ゆり子様がお触れになったね。これは重大なルール違反かもしれないよ。」

残るもう1つは、佐竹が立花ゆり子信者であることだ。

普段の佐竹は理知的で面倒見がよく、新藤のフォローも的確に行ってくれる優しい先輩なのだが、こと立花ゆり子が絡むと残念な人に成り下がってしまう。…なるほど、先ほど佐竹が執拗に肩に触れてきたのは、これが原因だったのか。キモチワル…。

「すみません。立花主任の邪魔をするつもりはなかったのですが…。」

こういう時はとっとと謝っておいた方が後々楽なのは経験済みである。変に反論しようものなら無駄に拘束時間が長引くだけだ。本当に、普段はとても良い人なのだが。

「いや、すまなかった。私の方こそ熱くなってしまったね。…話を戻そう。浅野さんの件だが、君はどうしたい?その場の流れで君に押し付けてしまったけれども、嫌なら嫌で構わないよ。きっと良い話ではないだろうからね。下手したら要らぬ火の粉を浴びかねない。」


ここで、新藤がこの件から離脱したいと言えば、佐竹はすぐに了承するだろう。本当に、立花ゆり子が絡まなければ後輩思いの優しい先輩なのだ。

でも、それでいいのだろうか?先輩達の期待を裏切ったまま、のうのうと過ごして本当にいいのだろうか?これが汚名返上のラストチャンスではないのか?また、先輩に尻拭いをさせてしまうのか?


一度伏せられた新藤の目が再度上げられた時、力強い光を宿していた。

「僕にやらせてください!」

こうして、浅野咲にまつわる謎の封筒を解明するという、言ってしまえば野次馬根性丸出しのチームは再スタートを切ったのだった。


時を戻して月曜日。

フレッシュマン改め新藤は、自分が言った言葉の重みにめげそうになっていた。

「やっぱ、やめとけば良かったかなぁー。」

廊下に設置された自販機で缶コーヒーを購入し、カバーを押し開け取り出す。アイスコーヒーのつもりが間違えてホットコーヒーを買ってしまったらしく、予想外の熱さに驚いた。

「あっつ!何?はー?まじかよ、なんなの?書いとけよ!…もう、飲めねぇーじゃん。」

新藤は猫舌だった。残念ながら、しばらくおあずけである。尚もぶつくさ文句を垂れる新藤の近くに、同じくドリンクを買いに来た人物がいた。

浅野咲である。


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