有意義な休日と思わぬ出会い
(13)
澄み渡る空!照り付ける太陽!人々の賑わう声!
郊外のとある駅。そこから徒歩5分という場所に、咲の目的地はあった。
駅からの道中、すれ違うのは家族連れやカップル。もちろん、咲同様に一人で来ている人もいる。そして、みんなに共通しているのは期待に輝いた顔である。
ここは、ショッピングモールが併設された大型公園だ。元々あった公園を大幅増設し、ショッピングモールを添えたことで人気に火が付いた。日本人のDNAに組み込まれた“新しいもの好き”が、これを放っておくわけがなく、連日に次ぐ大行列が出来上がり、それをまたテレビが取り上げることで更なる人気が巻き起こっているわけである。
例にも漏れずDNAをくすぐられた1人、咲もまた、来てみたくて堪らなかった。そしてついに、満を持して足を踏み入れることとなったのである。
ゲートを潜り抜けた咲は、受付で渡された地図に目を通す。
大型公園は4つのタイプに分けられており、北は『宇宙』、南は『生物』、東は『歴史』、西は『天候』をコンセプトに構成されているらしい。
さてどこから回ろうか、地図を眺める咲の耳に、横を通り過ぎたカップルの会話が聞こえてきた。
「どこから行く?」
「宇宙一択でしょ。綿菓子がやばいらしい。」
「まじか。」
ふむふむ…それは気になる。ぱっと顔を上げた咲は、宇宙エリアに向けて歩き出した。
メイン通りを真っ直ぐ進むと、大きな噴水に突き当たる。この噴水は時間ごとに水芸が披露されているらしく、丁度演舞が始まったところだった。
ドンドンと腹に響く和太鼓に合わせて、四方八方に飛び散る水流。飛び散った水滴は、噴水被り席ならぬ最前線で見上げていた子供たちを見事直撃し、喜ぶ子供を尻目に右往左往する親という場面があったりと、全体的に動きのある見世物であった。
ひと際大きく打ち鳴らされた和太鼓の音を最後に演目は幕を閉じ、集まっていた客たちはまた、思い思いの方向へと歩き出し始める。
噴水を過ぎ、更に進むこと20分あまり。ようやく見えてきたのは、陽光に照らされてギラギラと輝く看板と巨大なテントであった。どうやらこのテント内に宇宙空間が広がっているらしい。
早速、黒幕を持ち上げて中に足を踏み入れると、同じような黒幕が何重にも垂れ下がっていた。きっと世界観を守るために、遮光効果を最大限活用しているのだろう。これは期待できる!咲の胸は期待に弾む一方である。
おかしい…。
進み続けること5分あまり、咲は未だに黒幕の中にいた。いくらこだわっていたとしても、これは長すぎではないだろうか。薄暗い中、また一枚と黒幕をめくりながら、冷汗が流れる。そういえば、一緒に入ったはずの他の客たちはどこに消えたのだろうか。
その考えが頭をよぎった時、足元にうっすらと冷気を感じた。ピタッと立ち止まった咲は、勢いよく後ろを振り返る。勿論、そこに広がっているのは同じような黒幕の数々。
…やっぱり何かがおかしい。
一瞬で青ざめた咲は、来た道を戻ろうと黒幕を掴み上げた。すると、3mほど離れた黒幕がぼんやりと明るくなっているではないか。しかも、向かって左側から下向きに差し込むオレンジ色の光だ。場違いに温かみのある、その光を眺めているうちに、気が付くとフラフラ歩き出していた。
一歩、また一歩と、歩みを進めるごとに不思議と温かみが増すような、そんな錯覚に陥る。実際は何の変化もないのだろうが、ずっと黒一色ばかり見ていた咲の目にはそう映ったのだ。なんの明りだろう、客の足元を照らすように設置された照明だろうか?…非常口?は、色が違うか。
先程までの不安や恐怖が渦巻いていた心の内は、すっかり落ち着きを取り戻し、むしろ明りの正体を知りたいという好奇心に取って代わっていた。
ドキドキと高鳴る心臓を抑え、明りの漏れる角まで来た時、ふと既視感を覚えた。
あれ?なんだかこの感じ、どこかで…。いやいや、まさかね。そんなはずないでしょ。
一瞬浮かんだ老婆の姿は、ここが何処であるのかを思い出したことで場外に追いやられた。
では、なんだというのか。再び記憶を探ろうとした脳内の真面目咲を落ち着かせ、見たら思い出すだろうと脳内の楽観的な咲がぱっと角を曲がらせた。
「おんやぁ~、いらっしゃいませ。まさかお客さんが来られるとは思っていなかったもので。すんませんなぁ~、今用意しますんで、ちょっとそこ座って、待っとってもろて。」
ぐつぐつと煮込まれる音とトントンと包丁がまな板に触れる音。ふんわり漂ってくるだしの香り。ぽっと明りが灯った提灯には「おでん」の文字。
これはいったい…。曲がった先に現れたのは、おでんの屋台だった。
突然現れたまさかの展開に、咲の頭は真っ白になっていた。あんぐりと口を開けたまま、只々目の前に広がる光景を信じられない思いで見つめる。そらそうだ。巨大テント内に、まさかこんな店が出店されているなんて思うはずがない。しかもこんな何もない空間に、である。むしろ気づく客の方が稀なのではないだろうか。
ちらっと声をかけてきた男性に目を向けると、慌ただしく開店準備を行っている。
どうしようか、正直こんな得体の知れない店でのご飯など食べたくない。しかし、既に咲の存在を知った上で、開店準備を早めているであろう男性に、何も言わず立ち去るのもいかがなものか。キュッキュッと使い込まれた様子の台を磨く男性の横顔を見ると、何も食べないのも忍びない。どうしよう…。
「お待たせしました~!さっさっ!座ってくだせぇ~。」
オロオロ悩んでいる間に準備を終えてしまったようだ。
「いやー…うーん…。」
はっきりとした言葉を口にすることなく、なんとなく察してほしいという咲の願いは、どうぞ!と言う満面の笑みに一蹴されてしまった。
「あ…はい。」
結局、咲は勧められた席へとつくこととなった。