色々考えた方がいいですよ?
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路地に入った途端、なぜかグッと気温が下がったように感じた。
咲は露出した腕を擦りつつも、未だ酒の抜けきらない頭で呑気に鼻歌を歌う。
「何がでるか…なぁーんだ。」
途端、不満げに歪んだ咲の足元には小さな看板が1つ。
どうやら、明りの正体はこれだったらしい。
「占いー?」
小さく悪態をつきつつ読み上げたそれは、またしても既視感を抱かせるものだった。
「なんだっけ?あれ、なんか見た事あるような…?」
何かが脳裏を掠めた瞬間、唐突に声を掛けられた。
「いらっしゃい。」
思わず飛び上がった咲の目に、儚げに揺れるロウソクとこちらを見上げる優し気な老婆が映った。
「あ、ごめんなさいね。驚かせてしまったわね。
…久しぶりのお客さんだと思ったら、つい嬉しくなっちゃって。」
老婆は照れたように目を伏せると、チラチラと咲を見た。
「あの…もし良かったらちょっと寄って行かない?
今ならたったの500円で受け放題よ。
時間も気にせず、貴方の悩みを何でも聞いちゃう!」
老婆は精一杯明るく振舞っていたが、却ってそれが痛々しく映った。
このご時世、スマホを操作すれば手軽に受けられてしまう占い。
それをこんな夜更けに、こんな場所で。
ああ、大変なんだな。
そんな同情心が胸に灯り、咲はつい口走ってしまった。
「じゃあ…ちょっとだけ。」
それから1時間。
水を得た魚のごとく、老婆は喋りにしゃべった。
「それでね、お嫁ちゃんなんて言ったと思う?
お義母さん!そんな考え時代遅れです!…だってぇー。
根はとっても良い子なの。良い子なんだけど、ちょっと芯が強す…」
知らんがな。
咲は老婆に隠れて小さくため息をついた。
始めこそ、彼女も親身になって悩みを尋ねたりしてくれた。
ところが、咲自身にこれと言った悩みが思い当たらず、このざまである。
いや、まったく無いわけではない。
ただ…走馬灯が長すぎる問題を相談したところで、彼女を困惑させるだけなのは目に見えていた。
「ねぇどう思う?やっぱり、お父さんにはネクタイが似合うと思うん…」
そろそろ頃合いか。
咲は、困った時によく使う眉を下げて曖昧に微笑む表情を浮かべた。
「ありがとうございました。よく分かりませんが、頑張ろうって思いました。
お婆さんも…色々考え直した方がいいですよ?
あ、これお代です。ここ置いときますね。じゃ!」
咲は素早く立ち上がると、一目散に歩き出した。
「あ、ちょっと!」
背後からは制止の声が追いかけてきたが、聞こえないふりをして足を速める。
我ながら結構頑張った。
すっかり酔いの醒めた頭で、咲は妙な達成感を味わっていた。
その時、不意に耳を掠めた言葉。
「あんた、死んじゃうかもね。」