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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
122/127

会合の間

(122)


「お待たせして申し訳ございません。」

背後から聞こえた声は、相変わらず紳士的で隙のないものだった。

来たかい…。

ベニは、殊更ゆっくりと振り返り挑発的な笑みを浮かべた。

「なんだい、これはえらくご挨拶なもんだねぇ?えぇ?

あたし等は客さね、客を待たせちまうのは如何なもんかねぇ?」

ねっとりと絡みつくような視線を這わせ、ベニは輩よろしくクロノメに絡む。

「ええ、申し訳ございません。

ベニ様、そしてオジイノ殿。決して軽んじているわけではございません。

ただ…何かと気忙しい身の上ゆえ、お察し頂けると幸いです。」

ベニは不満げに顔を歪めると、小さく悪態をついた。

ここでボロを出すような相手なら、端から苦労はしないか。

「構いませぬぞ、クロノメ殿。

わし等も素晴らしい造形美を堪能しておったところですわい。」

すかさず割って入ったオジイノは、瞬時に不穏な空気は一掃した。

「恐れ入ります。…クレノ。」

「はい。」

クロノメの後ろに控えていたクレノが静かに前へと進み出た。

「あちらに見えます、“会合の間”にてお話しをと考えております。

少々足場が悪いため、宜しければこのクレノをご利用くださいませ。」

ベニとオジイノは、しばし躊躇うように視線を通わせた。

カラス族の背に乗れというのか。

彼らの顔には、隠し切れない戸惑いが色濃く伺えた。

「無理強いは致しません。しかし、道中何があるか分かりませんので。」

微笑みを浮かべるクロノメは、煽るかのように意味深な言葉を添える。

結局、彼らの陣地にいる以上…掌の上ということか。

「折角の申し出じゃて、有難く受け取りましょうかの。」

ニッコリと微笑んだオジイノに続き、ベニもまたクレノに身を預けるしかなかった。


会合の間。

大層な名を冠してはいるが、室内は意外と質素な作りであった。

あの目がくらむような装飾は、どうやら外側だけだったらしい。

「おや、なんだいこりゃ!」

そうベニが顎で指したのは、出入口付近に置かれたカラスの像であった。

像はなんとも不可思議な形をしており、その首は深く項垂れている。

クロノメは像を一瞥し、サラリと返答を寄越した。

「それは失敗したモノなんですよ。」


「さて、まずはお越し頂きまして誠にありがとうございます。

本来であれば、アカキノ殿とヨギノ殿もいらっしゃるはずでしたが…少々事情が変わりました。

彼らは、欠席の意志を示されたのです。」

室内中央に置かれた大きな岩。

そこに留まったクロノメは、岩を囲うようにして設置された四角い土の塊に腰を下ろした面々を見まわし、良く通る声で言った。

「欠席の意志だって?そいつぁー、本当にあのボーヤ達が言ったのかい?」

ベニの探るような視線を真正面から受け止め、クロノメは悲しそうに目を伏せた。

「ええ、残念ながら。

アカキノ殿は…少々申し上げにくいのですが、大層こちらをお気に召されたご様子でした。

その為、互いが手を取り合った対等な関係ではなく…我らに全て一任すると、そうおっしゃられまして。」

クロノメの言葉は、2体に多大な衝撃を与えた。

「ヨギノ殿はアカキノ殿が決められた事ならばと、尊重されました。

その結果…誠に申し上げにくいのですが。

私クロノメは、カラス族と天狗族の双方をまとめる立場と相成りました。」

ベニは、もはや隠し切れない苛立ちに顔を歪めた。

事態は、予想の遥か上をいく深刻さだったのだ。


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