歓迎
(119)
「あー…。」
不意に聞こえたのは、ぼんやりとしたクレノの声だった。
「クレノ!無事か?」
はっと我に返ったオジイノがすぐさま駆け寄り、彼の顔を覗き込む。
「あー?俺―…寝てた?」
まだぼんやりとした様子のクレノは、軽く頭を振りつつも立ち上がろうと足に力を込める。
「お、おい!無理をするでない!」
オジイノは慌てて支えようとしたが、その巨体ゆえ、オジイノ自身も危うかった。
「なにやってんだい!」
そこに加勢したベニが反対側から支え、なんとか3体は立ち上がることが出来た。
「…悪ぃーな。」
そうポツリと呟いたクレノは、微かに震えていた。
「俺、前も途中で寝ちまったことがあってさ。
そん時も、今みたいに迷惑かけちまったんだ。
俺…どっか悪ぃーのかな?」
クレノは、気づいていないのだろうか。
彼の体を、乗り物のごとく操っている存在がいることに。
「…クレノ、症状が現れたのはいつのことかね?」
「あー?…いつだったかな?ああ、そうだ。
クロノメさんの助手をさせてもらうようになってからだな。」
途端に、クレノの顔はニコニコと輝いた。
「クロノメさんはスゲーんだよ!
俺らが今まで見た事もねぇーような、スゲー方法をいっぱい知ってんだ!
それなのに全然満足してねぇの。常に研究してんだぜ!ほんと、スゲーカラスなんだよ!」
ニコニコと、それは嬉しそうに誇らしそうに語るクレノ。
オジイノとベニは軽く目を合わせ、そして口をつぐんだ。
その後、クレノは遅れを取り戻すかのように一気にスピードを上げた。
時に、オジイノやベニを置いてけぼりにしてまで辿り着いたのは、異様に煌びやかな小部屋であった。
「はいよ、着いたぜ。」
ふーっと満足げな息をつき、クレノは振り返った。
「ここでクロノメさんと会えるはずだ。…ちょっと待っててな。」
そう言い置くと、彼は何処かへと飛び去った。
「なんだい、ありゃ…。」
ベニはあんぐりと口を上げ、その異様な小部屋を見上げる。
殺風景な洞窟に突如現れた、極彩色の小部屋。
それはどこか“人工的な”もののように見えた。
「嫌な感じがするのぅ…。」
オジイノもまた、眉間に皺を寄せ異様な小部屋を見上げた。
「さぁさ!」
「さぁさ、さぁさ!」
「おいでませ!」
「おいでませ、おいでませ!」
「ようこそ!」
「ようこそ、ようこそ!」
クロノメの掛け声とともに現れたのは、10体ほどのカラス達。
その顔はみな等しく微笑を浮かべていて、口々に歓迎の言葉を口ずさんでいる。
「さぁさ!」
1体がひと際大きく声を張り上げた。
その途端、カラス達は一斉に咲の周りをまわり始めた。
「ようこそ!」
「ようこそ、ようこそ!」
カラス達は回りながらも尚、歓迎の言葉を口々に並べる。
「おいでませ!」
「おいでませ、おいでませ!」
永遠と錯覚する程続く言葉たち。
「や、やめ…。」
咲の身体はガタガタと震えはじめた。
どこを見ても同じ微笑、同じカラス、同じ言葉。
「さぁさ!」
「さぁさ、さぁさ!」
咲は耳を塞いだ。塞いでも尚、届く歓迎の言葉たち。
「ようこそ!」
「や、やめ、て…!」
「ようこそ、ようこそ!」
「やめて!おねが…」
「おいでませ!」
「おいでませ、おいでませ!」
「やめてーーー!」
「おや?もう終いですか。…少々、拍子抜けする結果ですね。」
クロノメは小さくため息をついた。
「まぁ、人間にも個体差があった、その結果が得られただけでも良しとしますか。
しかし…もう少し頑張って欲しかった。」
クロノメには珍しく、その顔には不満げな表情が広がっている。
「クロノメさん!」
「…おや、クレノ。どうしました。」
クロノメがチラリと目線をやった先には、嬉しそうなカラスが1体。
「お待たせしてすんません!案内、完了しました!」
キラキラと輝く瞳を真っ直ぐクロノメに向け、クレノは元気に報告した。
その全身からは、褒めて欲しいという主張が駄々洩れである。
「そうですか、そうですか。素晴らしい報告ですよ、クレノ。」
クロノメはニッコリと微笑み、彼が欲しいであろう言葉を投げる。
「さすが、私の配下です。これは何かご褒美が必要ですね。」
「え!いいんですか!」
すぐさま返ってきたのは、あまりにも予想通りの反応だった。
思わずクックと小さく笑ったクロノメは、優しく微笑んだ。
「ええ、楽しみにしていなさい。」