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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
11/127

あずかり知らぬ所で降りかかる災難

(11)

ゆり子は清水が盛ったパスタをぺろりと平らげ、丁寧に口元の汚れを拭った。

あたかも、早く話を聞きたくてうずうずする清水の心を弄ぶかのように、ゆっくりと時間をかけた。

「ゆり子…限界だ。早く聞かせてくれないかい?浅野君が偽りの姿だったというのは、どういうことなんだい?」

懇願する清水に流し目をくれ、蛍光色のドリンクを少し口に含んだゆり子はゆっくりと口を開いた。


「私は、今回の事件に関して考えれば考えるほど深みに嵌る、そう気が付いたのです。なので一度すべてを投げ出し、逆転の発想を試みてみました。そうするとどうでしょう、見事に物事の辻褄が合っていくではありませんか。私は確信したのです。そう、部長の管理職としての勘は間違ってはおりませんでした。」

清水の喉がごくりと音を立て、グラスに浮いた水滴が一滴転がり落ちた。


「先ほども申し上げた通り、浅野咲が一連の事件を影から操る首謀者ですわ。そのことを念頭に、時系列順に考えていきましょう。

まず、ポストに投函された茶封筒。もちろんこれは浅野が事前に用意しておいたものですが、敢えて宛名も差出人の記名も致しませんでした。なぜか、そうしておけば部長の元に運ばれることを知っていたからです。」

なるほど、確かに宛名のない郵便物は、明らかに不要であると判断がつかない限り、部長の元に持っていかれるのが普通となっていた。

「結果的に、木原さんのミスにより部長のデスクではなく、浅野自身のデスクに置かれてしまうという絶体絶命の状況が発生しましたが、奇跡的に部長の手に収めることに成功したわけです。」

「そこなんだよ。浅野君が犯人であるならば、相当焦っただろうね。」

「ええ、なので浅野はこの危機的状況を打破するべく、茶封筒を何としてでも部長の目に触れさせなくてはならなかった。しかも、浅野本人が動くわけにはいかない。…部長、あの時の場面を思い出してください。誰かがあなたに茶封筒の存在を知らせた人物がいたのではありませんか?」

ゆり子の言葉を受けた清水は、昨日の情景を思い返した。


お昼休憩に入ったオフィス内は閑散としていた。清水は、自席でゆり子特性の弁当を広げ、舌鼓を打っていた。顔を上げれば、少し離れた位置に座るゆり子もまた同じ弁当を広げていて、目が合えば微笑みを返してくれる。清水は幸せを噛みしめていた。

そうだ、弁当を食べ終え、食後のお茶でも買ってこようかと立ち上がった清水に、1人の女性が近づいて来たのだ。あれは誰だったろうか?確か…坂下君だ。そして浅野君の机に不審な封筒があるとかなんとか…、そうだ!それで浅野君のデスクに向かったら、封のされていない茶封筒があったんだ。


目を見開き驚く清水に、にやりと笑ってみせたゆり子は、推理の続きに取り掛かった。

「浅野のデスクにあった茶封筒を手に取った部長は、確か中身を覗き込んだはずです。そこには複数枚の写真と半紙があった。試しに何枚かの写真を手に取って見た所、どれも画質が悪く、誰が写っているのかまでは分からなかった。そうですよね?」

「ああ、そうだ。かろうじて服装から判断すると、男女一組が被写体になっているらしいと分かった程度だ。」

清水の頭に浮かんだのは、今から考えれば、不自然なほど顔周りだけ荒く撮られた写真だった。まるで顔を判別されては困るとでもいうかのように。

「写真だけでは埒が明かないと思った部長は、続いて半紙に目を通したのですよね?」

「ああ、そうだ。そこには被写体の2人が密会した場所や日時など、詳しく書かれていたよ。」


清水はふと、浅野咲に詳しく聞きに行った時のことを思い出した。

確か彼女はこう言ったのではなかったか。“誰でも創作出来る”と。確かにそうかもしれない。思い返せば、特徴のある用紙を使っていたわけでもなく、ましてやパソコンで印刷したもののようだった。ではなぜ、自分は浅野咲に話を聞きに行ったのだったか?

「部長?どうしました?」

ゆり子の瞳が心配そうに揺れている。いかんいかん、ゆり子に無用な心配をかけてしまった。

「ああ、すまないゆり子。いやね、浅野君に詳しい話を聞きに行った時のことを思い返していたのだよ。私はなぜ、なんの疑いも持つことなく半紙の情報を信用したのだろうとね。」

そう言う清水に対し、ゆり子は突然立ち上がり高らかに笑った。

「あき!あなたという人は、本当に素晴らしいアシストをしてくれますわ!そうなのです。画質の悪い写真と同封された半紙。一見、それぞれが伝える情報は弱い。それなのに私達はしっかりと浅野咲へと導かれた。なぜか、その答えはギャラリーにあったのですわ。思い出してくださいな。あなたが半紙に目を通している時に、横で浅野の名前を囁いた人物がいたはずですわ。」


その瞬間、ぱっと清水の頭に蘇った光景と音声。

そうだ、確かに誰かが「浅野さん」と言ったのだ。それも丁度、半紙を見ていた時にやけにはっきりと聞こえた“浅野”。しかし誰が言ったのだろうか…。

「浅野は自分が用意した写真や半紙の影響に自信が持てなかった。だから奥の手として、影の協力者を用意しておいたのです。」

ゆり子は言い終わるとストンと椅子に腰を下ろした。

清水はゆり子の推理内容を咀嚼したうえで、最後まで見えてこなかった浅野咲の動機について聞いてみることにした。

「ゆり子、君の推理はよくわかった。ただ一点だけ分からないのだが、浅野君はなぜこのようなことを企てたのだろうか?」

すっかり冷めてしまったピザに手を伸ばしたゆり子は、さも当然のように言った。

「痴情のもつれ、ですわね。きっと、相手の男性として名前の挙がった飯田課長に弄ばれたかなにかでしょう。その腹いせに課長に泥をかぶせ、課長との思い出が詰まった会社から抜け出す。そういうシナリオだったのだと思います。」

ふーっとやるせないため息をついたゆり子は、2口でピザを口に収めた。

清水は伏せられたゆり子の長いまつ毛を眺め、浅野咲に冷たく接してしまった昨日の自分を責めた。どうしてもっと、傷ついた彼女の心を慮ってあげられなかったのだろうか。

いや、後悔しても仕方がない。彼女の意志を尊重して、少しでも残された会社員生活を有意義な時間となるように取り計らおう、そう決心したのだった。


余談だが、会社に伝わる暗黙のルールの1つ、『立花ゆり子に逆らってはならない』に関して補足がある。概ね咲が理解している通りなのだが、ゆり子の厄介な癖を全肯定してしまう厄介な恋人のおかげで、被害者が増えていることをここに記しておく。

哀れな咲は本人のあずかり知らぬ所で、取り返しのつかない地点まで追い詰められていたのだが、本人が気づくのはもう少し先になる。


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