これから
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「お主は…これからどうするつもりかのぉ?」
オジイノはヤチノから視線を逸らさず聞いた。
「あたしはさ…正直どっちでもいいんだよ。
言っちゃあ悪いけど、お宅らがどうなろうと関係ないからねぇ。」
ベニは軽く肩をすくめながら言った。
「ちょいと関りを持っちまったけど…あたしは用済みらしいし。
そんじゃあ帰ろうかと思ったら、どうもうちの子が捕まってるらしいと聞いたもんだ。
仕方がないから、ちょいと迎えに行こうかと思ったところさね。」
ベニは何でもないことのように言ったが、オジイノは目を見開き、心配そうに顔を曇らせた。
「それはすまなんだ!知らなかったとはいえ、長々と引き留めてしまったのぉ。
早う行ってやってくれ。」
オジイノは心配そうにベニを急かした。
「いんや、あたしも始めはすっ飛んで行くつもりだったんだけどねぇ。
そこの、転がってるカラスが取引を持ち掛けてきたことで、考えが変わったのさ。」
そうベニはブルノを顎で指して言った。
ブルノが持ちかけた取引。
彼はヤチノを救うが為に、咲を引き換えに出した。
その時、ベニは思ったのだ。
咲はまだ生きていて、且つ猶予があると。
“お主が素直に従ってくれるのなら人間の安否は保証しよう。”
ブルノはそう言った。
仮にブルノの言葉を100%信じた場合、ブルノは咲の生存に関する何らかの決定権があると考えられる。
つまり、安否を保証できる“立場”にあると考えられるのだ。
更にはカラス族の組織化だ。
以前のカラス族なら瞬間的に、咲の生死が決定されていただろう。
ところが組織化されたが故に、その決定には時差が生じる。
そしてブルノがその決定権を持つ1体だったならば…まだ猶予はある。
しかし、これがブルノのはったりだったら?
その可能性は捨てきれない。
ただ…シメノの登場とその後行われた攻撃を考えると、少なくともブルノはクロノメの指示に従った行動ではなかったと考えられた。
言うなれば、この件に関してはクロノメの指示外の行動であり予想外の行動だったということだ。
…ヤチノを救いたい、ただその一点だけだったのだろう。
その為、ベニの判断はブルノを信じる方向に傾いていた。
「その前に…ちょいとねぇ。」
どこか歯切れの悪い言い方で黙ったベニに、オジイノは首を傾げた。
「なんじゃ?何か気掛かりな事でもあるのかね?」
ベニはしばしの間悩むように唸っていたが、結局は口を開いた。
「…実はねぇ、お前さんとこのヨギノにちょいと借りがあんのさ。
それもあって、アカキノのボーヤに付いてたんだけど…怒らしちまってねぇ。
それがさっき言った、用済みって話さね。」
ベニはちらりとオジイノを見たが、すぐに視線を落とした。
「きっと、ボーヤはもうあたしの顔なんて見たくないと思うんだ。
だけど…ヨギノの旦那に言われたのさ。
若を頼むってねぇ。
それがどうも残っちまってねぇ。
オジイノの旦那、これはあたしの勝手な想像だけどねぇ?
お前さんがここに来たのは、アカキノ達に用があったからじゃないのかい?」
オジイノは黙って聞いていたが、肯定の印に頷いた。
「深くは聞かないよ。なんたって、あたしには関係のない話だからねぇ。
ただ…あのボーヤはちょいと用心した方が良いと思うのさ。
あの子はー…クロノメを心酔しちまってる。
お前さんの話にもあったけど、クロノメは厄介な相手だ。」
ベニはすっと視線を上げ、オジイノの目を真っ直ぐに見た。
「旦那、頼むよ。アカキノとヨギノを守っとくれ。
…あたしが行くわけにはいかないから、さ。」
じっと耳を傾けていたオジイノは、やがてニッコリと微笑んだ。
「相分かった。…この老いぼれがどこまで役に立つかは分からんが、やってみよう。
ただし、わしが手遅れだと判断した場合は…その時だ。
これは天狗族内の話、冷たいようだがお主の気持ちは関係ない。」
柔和な笑みを浮かべつつも、その言葉には威厳が感じられた。
ベニは、それでも構わないと頷き、幾分ホッとしたように息をついた。
「ではベニ殿、共に参ろうぞ。
これも何かの縁じゃて、お主の探す手助けもいたそう。
して…どんな狐っ子なんじゃ?」
すっかり好々爺に戻ったオジイノはニコニコと尋ねた。
「ああ、言ってなかったかい?うちの子は人間さね。」




