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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
104/127

在りもしない何か

(104)


首謀者…。

瞬間的に浮かんだのは、クロノメの顔だった。

「天狗の旦那、あんたクロノメって知ってるかい?」

ベニは慎重にその名を出した。

天狗はじっとベニを見つめた後、おもむろに頷いてみせた。


「あ奴は、流れモノのカラスでのぉ。

ある日突然姿を現し、烏合の衆だったカラス族をまとめ上げおったのじゃ。」

ベニは黙って頷き、話の続きを促した。

「以前のカラス族は言うなれば、単体の戦士であった。

各々が好きに戦い、そこに共同などという言葉は存在しとらんだ。

全てが自己責任であり、自己都合。

そこに現れたのがクロノメじゃ。

あ奴は、共に戦うという方法を提唱した。

…当然、激しい反発が繰り返されてのぅ。」

ここで天狗は僅かに目尻を下げた。

昔を懐かしんでいるのだろうか。

「その筆頭が…坊、ヤチノだった。」

天狗は未だぼんやりと立ち尽くすヤチノを見やり、そっと目を伏せた。

「ふーん…お前さん、やたらと詳しいねぇ。何モンだい?」

ベニもまたヤチノへと視線を向けたまま尋ねた。

「わしは、天狗族の長だったモノじゃ。といっても、今や隠居の身じゃがのぅ。

名をオジイノという。」

オジイノはニッコリと微笑み軽く頭を下げた。

「あたしはベニ。よろしく頼むよ、オジイノの旦那。」

ベニもまたふわりと微笑んだが、すぐに真剣な面持ちへと戻った。


「ヤチノを筆頭に、激しい反発を繰り返していたカラス達は、なんでまた大人しくクロノメの傘下になっちまったんだい?」

ベニが記憶する以前のカラス族なら、たとえ最後の1体となろうとも突き進む、そんな戦闘狂だったはずだ。

しかし、オジイノの表情を見る限り、そのような血生臭い戦いがあったとは思えない。

「それは…天狗族が関わっとる。」

「天狗族?」

思わぬ言葉に、ベニは器用に片眉を上げた。

「左様…。カラス族と天狗族は遥か昔に交わした約束により、互いに不可侵の関係にあった。

それは時代が下っても変わらぬ、不文律の関係だったのじゃ。」

ベニも聞いたことがあった。

“戦闘狂が唯一避けて通る、天狗族”と。

「クロノメはそこを利用したのだ。…まったく、頭の切れるモノよのぅ。」

オジイノはその柔和な顔を歪めた。

「クロノメは、“天狗族が攻めてくる”そう触れ回ったそうだ。」

ベニは一応頷いたが、釈然としない顔で首を傾げた。

「そりゃあー…なんの意味があるんだい?

こう言っちゃあなんだけど、仮に天狗族が攻め込んだところで相手はあのカラス族だろ?

悪いけど…瞬殺じゃないのかい?」

ベニの正直な評価は、オジイノのツボにはまったらしい。

コロコロと笑うオジイノは、何度も頷いた。

「左様。カラス族の誰もがそう思ったらしい。

事実、鼻で笑うモノばかりだったそうだ。」

目尻に浮かんだ涙を拭いつつ、オジイノは再度頷いた。


「しかしある時…クロノメは大怪我を負って戻って来た。

そしてこう言ったのだ。

“天狗族は、秘密裏に人間という武器を隠し持っていた。”と。」

人間という単語に露骨な反応を示したベニは、無意識に目を細めた。

「当時、人間という存在は広く知られる前だった。

そんな未知なる存在が天狗族にはあるらしい。本当だろうか?

そう、カラス達は思った。

しかし、天狗族とカラス族の間には不文律がある。

つまり、肯定することも否定することも出来ない状態に彼らはあったんじゃよ。

そうなると、彼らの心に芽生えるのは底の見えない暗闇。

彼らは…天狗族に在りもしない何かをみたのじゃよ。」

ベニの喉がゴクリと音を立て、しばしの沈黙が訪れた。


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