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田舎暮らし、はじめてみました  作者: 秋野さくら
10/127

迷探偵ゆり子と被害者達

(10)

ズワイガニが躍るトマトベースパスタ、新鮮なバジルが彩を添えるチーズピッツァ、シェフこだわりの厳選サラダ、南国のフルーツを贅沢に使ったドリンク。


再び現れたボーイは、次々と湯気の立ちのぼる料理を並べ、2人の目を輝かせた。

鼻腔をくすぐる香りは腹の虫を呼び覚まし、ゆり子と目の合った清水が、おどけた様子で恰幅のいい腹を撫でた。清水の胸に広がるは、じんわりと暖かい幸福感である。

一通りの説明を終えたボーイが静かに退出し、始まった楽しい宴。それぞれが思い思いに料理を口に運び、感嘆のため息をつく。

ふと見ると、ゆり子がピザにかじりついた状態で一時停止していた。

これはよくあることで、何か考え事を始めた時に彼女の身に起こる現象だった。清水は特段気にした素振りを見せることなく、蛍光色のドリンクを口に含んだ。


「分かったわ!!!」


突然の大声がゆり子の口から飛び出し、清水は危うく吐き出しそうになり、ボーイは危うく階段を踏み外しかけ、店長はボーイが自分を呼んだのかとキッチンから顔を覗かせた。

「ど、どうしたのかな?そんな大声をだして。」

清水の老いた心臓はまだドキドキと脈動を繰り返し、彼はそっと心臓の上に手を置いた。

「あき!私、わかりましたの!少し待ってくださいね。ああ、どうしましょう…事の真相に気が付いてしまった私は命を狙われてしまうのだわ。」

みるみるうちに、ゆり子の瞳には涙の膜ができ、今にも決壊しそうだ。

そんなゆり子のただならぬ様子に、清水はオロオロと意味もなく手を出しては引っ込めるを、繰り返した。


「部長…落ち着いて聞いてくださいね。私、もう一度事件のあらましを考え直してみましたの。」

何度か深呼吸を繰り返したゆり子は、そうして語り始めた。

清水は、ゆり子の言う事件という単語にまず疑問符を浮かべたが、浅野咲の不倫疑惑かと思い至り、ゆり子の話に集中することが出来た。

「まず、現在私達が掴んでいる証拠は3点。白紙の茶封筒、複数枚の写真、B5サイズの半紙が一枚。」

ゆり子の長く整った指が3本立てられた。清水の頭の中にも映像として再現された、紛れもなく自分が浅野咲に渡し、詳細を聞こうとした品々だ。

「そもそもこれらの証拠がなぜ、浅野の席に置かれていたのか。事件の始まりはここからですわ。」

「そうだね、俺もその点は気になった。だから、いつも郵便物を運んでくれる事務の木原君に何か知らないかと聞いたのだよ。そこで知り得たことは昨日言ったことだ。」

「ええ、木原さんがポストから回収した、ですわね。つまり外部犯にしろ内部犯にしろ、ポストに立ち寄ったことがこれで分かりますわ。」

「…それはどうだろう。実際の犯人が誰かに頼んで、ポストに投函させた可能性がまだあるだろう?」


ゆり子は、はっとした顔を見せた。

どうやら、その可能性には辿り着いていなかったらしい。彼女は低い唸り声を発し、また思考の海へと潜っていった。

清水はゆり子にバレないように小さくため息をついた。出来れば楽しい食事の間ぐらいは、会社のことを忘れたいものだが、仕方がない。目の前で宙に指を伸ばすような奇怪な行動を取り始めた、可愛い恋人をしばらく見つめ、清水はまだ温かいパスタをゆり子の皿と自分の皿に盛り始めた。


「なるほど!!!」


またしてもゆり子の口から飛び出した大声は、清水を飛び上がらせ、ボーイは柱にぶつかり、店長は火災報知機を焦った様子で振り返り、ホッとした。

「…ゆり子、大きな声を出すのはよしてくれないかい?君も知っているだろうが、最近不整脈が度々起きているんだ。」

「ごめんなさい。私ったら、つい気持ちが高ぶってしまって…。」

「いや、分かってくれたのならそれでいいんだ。さぁさ、温かいうちにパスタを食べてしまおう。」

「ええ、ありがとう。でも部長、私分かりましたの。」

折角、話題を変えようとした清水の苦労など露知らず、ウキウキのゆり子にいとも簡単に戻されてしまった。

「…ああ、うん。何がわかったのかな?」

惚れた弱みというか何というか、しっかり合いの手を入れる清水にゆり子の瞳が煌めく。


「犯人は浅野咲、本人です!」

ゆり子の自信に満ち溢れた発言は、清水を唖然とさせた。

「ゆり子や…少し落ち着きなさい。なぜ当事者である浅野君が犯人なのかね?それはつまり、彼女の自作自演であるということになるよ?」

「ええ、そうですわ。私達はまんまと騙されていたのです。」

「うーむ…俺も彼女に詳しい話を聞こうとした時、どこか歯切れの悪い印象を抱いたことは確かだ。そして管理職としての勘が、彼女の事件関与を訴えたのも事実だ。しかし…浅野君が犯人であるというのは、どうも腑に落ちんな。」

清水の言い分をうんうん頷きながら聞いていたゆり子は、形のいい唇をにやりと歪め悪い女の顔をみせた。

「部長、あなたの言い分はよくわかりましたわ。いいでしょう、ここからあなたの目を覚ましてみせます。私達が知っている浅野咲は、この日の為に念入りに仕組まれた偽りの姿であったのです。」


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