『新時代記』より『寺田敦 “ドア”(テレポート)』
目の前の男は笑っていた。
背の高いコート姿。
やや青みがかった黒髪を後ろに撫でつけた、昔のマフィア映画のようなピッチリとしたオールバック。
色が白くて細面な顔は、少しハリウッドスターを思わせるような二枚目だった。
普通に生きても、楽しく生きていけそうなのに……。
オレは、ナイフで刺された腹をおさえながら思った。
この男に刺されたのだ。
場所は、古い雑居ビルの屋上。
目の前にいる背の高い二枚目の名は、寺田敦。
この街で連続する、殺人事件の容疑者。
いや、犯人なのは確定だろう。
防犯カメラの設置が充実している現代、幾つかの現場で寺田の姿は映像に残っていた。
ただ、すべてが中途半端だった。
どこから現場に現れたのか?
現場からどこに消えたのか?
寺田の行方も真相も、わからないままだったのだ。
寺田の行方に辿り着けたのは、オレの“力”のおかげだった。
人類が不思議な力に目覚め始めた頃、オレの中にも目覚めた“力”。
一定のエリア内なら、そこにいる人間のすべての人間を把握できる。
それは、容姿や行動などの表面的なものだが、オレのコンディションが良ければ街1つ分ぐらいまで、エリアを広げられた。
簡単な情報で良かった。
住居や交流関係などを把握できれば、サッサと記事にして情報を警察に引き渡すつもりだった。
雑誌記者として最高の“力”を手に入れたオレは、結婚も間近に控えて、少し肩に力が入り過ぎていたのかも知れない。
寺田がビルの屋上に向かったのは罠だった。
尾行に気づかれていたのだ。
出血で、目が眩んだ。
吐き気と寒さで、屋上の床に片膝を着いた。
いっそのこと、このまま床に体を投げ出してしまいたかった。
それでも気力を振り絞って見上げるオレに、寺田は言った。
「このまま別れてしまうのは心残りな、愛する人はいますか?」
ずいぶんと楽しそうな顔だった。
よく見ると、きれいな二重まぶたをしていた。
なるほど、二枚目なわけだ。
挙式を控えた恋人のことが、頭に思い浮かんだ。
寺田は満足そうな顔で、オレの肩に片手を置いて、前に屈んだ。
頭と頭がぶつかる衝撃に備えたが、何も起きなかった。
いや、もう、どこにも居なかった。
オレは緊張感から解放されて、そのまま床に体を投げ出した。
最後の気力を振り絞って寺田の行方を追う。
“力”で寺田の居場所はすぐにわかった。
そして、妻になるはずだった女性の命が、ナイフで奪われたことも。
寺田の“力”が何なのか気づいたオレは、絶命する最後の瞬間まで、悲しみに呻き声を挙げ続けた。




