『ミラクル奇譚Zero なるほどなぁ……』
「『まばたき』って話、おぼえてる?」
ここは高校の同級生だった赤城悠太の部屋。
「あーっ、あったなぁ。
目ェ潰した男のコの、担当の医者の話とかやったっけ?」
赤城の問いにボクは答えて、もう少し詳しく思い出す。
自傷行為で失明した少年。
錯乱状態で運び込まれた彼は、入院生活の中で落ち着きを取り戻していく。
担当医は、若い女性の看護師から、少年から聞いたという自傷理由の報告を受ける。
それは、まばたきの度に少しずつ近づいてくる、長身で白装束の不気味な女の話。
ウチの校区では、よく知られた怪談で、みんなが自分の知っている怖い話を言い合うような流れになった時に、必ず誰かから出てくる話。
おかげで、高校生の頃には知らないヤツは誰もいない。
「どの方向を向いても視線の先に幽霊らしき女が立つようになって、それが毎日、ちょっとずつ近づいてきて……、とかいうヤツやな?」
「うん……」
赤城の返事は暗い。
暗くて重い。
まあ、怪談話をして盛り上がる時間でもないけど。
ただいま朝の七時前。
赤城の部屋で一晩泊まって、そのまま出勤するために靴を履いたところ。
なぜ、今!?
なぜ、そんな話!?
ボクが漫才のツッコミなら、軽くツッコんでいたかも知れない。
赤城とボクは高校二年生の時の同級生で、仲の良かったグループは、ボクら二人を入れた五人。
卒業してから、すぐにボクは一人暮らしを始めたけど、一年近く遅れて、赤城が二人目の一人暮らしになった。
ミラクル、遊びに来てや。
そんなLINEをもらって、一人暮らしの先輩として「あると便利だよな~」って感じた品物をアレコレと買って遊びに来たのが昨日。
そのまま二人とも床に雑魚寝で、ボクは泊まらせてもらった。
泊まらせてもらったのだが、なんともスッキリしない一夜となった。
ずーっと雰囲気は暗いし、話をしてる時も、あまりコチラを見ない。
あら? これは、社交辞令を空気も読まずに真に受けて、遊びに来ちゃって実はメーワクをかけてるパターンかなぁ?
でも、赤城とは、泊まりに来てもおかしくない程度には、仲の良かったハズなのになぁ……とか考えてたら、洗面台の鏡が粉々に割れているのを見つけた。
「あれ? 赤城、洗面台の鏡、割れてるなぁ」と声をかけると、「あ? ああ、うん……」と言葉を濁すから、これは、新生活で何かトラブってストレスがたまってるのかなぁ……と、何か話してくれるのを待っていたが、そのまま、出勤の時間を迎えてしまったのだ。
「アレって、始まりを覚えてる?」
と、赤城。
「『まばたき』の始まり?
確か、雑誌の記者の人がお医者さんに、「ちょっと変わった話がある」とか言われて取材に行ったとか……」
「違うッ、その女の幽霊がつきまとう原因になったのは……」
「ああ、確か、女の幽霊につきまとわれてる友だちから話を聞いたら、まるで感染ったみたいに、男のコも幽霊が見えるようになったとか……」
「うん」と赤城はうなずく。
「正確には、話を聞いた後、その話をした友だちが謎の突然死をしたら、やってんけどな」と言葉を続けた。
なんか、訳がわからず「うん」と返事をすると、赤城は、「アレに、ちょっとだけ似た話があってな……」と、言い出した。
え? ホンマに、このタイミングで怪談なんや?
「誰かと会話をすると、背が高くて白い服の女が、話しかけた相手の後ろに急に現れるって話やねんけどな……」
「ほうほう」
まあ、何かあったのかなぁと心配してた相手が話し出したことだから、とガマンして聞こうと思って待った。
待ったが、そのまま赤城は下を向いて黙ってしまった。
「えーとー……、じゃ、行くわ。
泊めてくれてありがとう」
ボクはドアを開けて玄関を出た。
「今度さ、みんなで鍋しよーや。
要るモンはみんなで持ち寄るし。
じゃーな」
そう言ってドアを閉めようとしたが、あと少しで閉まるところで、手を離した。
ドアのパタンと閉まる音には拒絶感がある気がするし、何か悩みのある人間には、その音は精神的にツラいかも知れないと思ったからだ。
一応、ドアが半開きなことを気にしながらエレベーターへ向かうと、中から赤城の手が伸ばされてノブを掴み、ゆっくりと閉まっていくので一安心。
もう閉まる、ってところまでドアが動いた時、中から絞り出すように赤城の声がした。
「この話は、聞いただけで感染んねん………」
ボクは「え?」と振り返ったが、その時にはドアはパタンと閉まったところで、ボクは赤城の言葉が頭の中でうまくイメージできてなかったものだから、そのままエレベーターに歩いた。
いや、だって、話らしい話を聞いたわけでもない。
いまの会話なんて、映画に例えれば予告編以下の漠然とした内容だ。
だから、赤城のワンルームマンションを出て、歩道を駅に向かって歩いてる時も、ただただ赤城の心配をしていた。
「ミラクルゥ──っ!!」
いきなり大声で呼ばれて振り向いた。
ボクの名前は向田智則。
ミラクルというのは、ボクの高校時代のアダ名だ。
高校二年のイベント、クラス対抗バスケットボール大会で付けられたアダ名。
三組のAチームとの試合で、ラスト数秒になってダメ元で投げたボールがゴールに入ってスリーポイント。
逆転勝利を決めたのだ。
結局、次の六組Bチームに負けて、優勝どころか三位にも入らなかった。
しかし、三組Aチームというのが少しガラの悪いヤツがいて、ラフプレーはするわ、威嚇するような言動があるわで、ウチのクラスは全員がイライラしていたもんだから、ボクは随分とヒーロー扱いをされて、付いたアダ名が『ミラクル』。
以来、ミラクルキャラがキャラ付けされ始め、ちょっとムリ目なこととかを、なんとかこなせたりする度にミラクル呼ばわりされ、文化祭の準備などでムリ目なことなどは、みんなボクに回ってくるようになった。
それが、また、偶然やらが重なって無事に完成させたりしたものだから、キャラがすっかり定着してしまったのだ。
だからといって、高校時代ならともかく、社会人になってまで、屋外で大声で呼ばれて恥ずかしくないアダ名では──ない。
慌てて見上げると、三階の部屋の窓から、赤城が半泣きの顔でボクを見下ろしている。
そのまま両膝でも着いたのか、ストンっと沈んで窓枠から見えなくなって、ただ、声だけが続いた。
「ごめーん! ミラクル!
オレ、オレ、もーどうしたらえぇか、わからへんねんッ!!
ごめーん! ごめぇぇーんッ!!」
叫びは泣き声に近くなっていた。
ボクは、ワケがわからないまま、とにかく「ミラクル」の声を止めさせるために、大きく答えた。
「ええから!!!!
何か知らんけど大丈夫、大丈ぉ…………!!!?」
赤城が立っていた場所に、女が立っていた。
白い服を着た背の高い女で、筋肉質ではないが、肩がガッチリと広く、骨太の、逞しい感じをさせていた。
が、それよりも語るべきは顔、表情だった。
それなりに距離も離れているハズなのに、ハッキリと見てとれた。
怒りに満ちた顔。
あらゆるものを忘れ、醜く歪むがままに感情を噴き出させた憎しみの顔。
それは、宣戦布告のように、ボクを見下ろしていた。
ボクは、距離に救われたのか、その顔から目を逸らさずに睨み返すことができた。
そのままポケットからスマホを取り出した。
赤城は、ワンコールで出た。
「赤城?」
通話の向こうの赤城は、
「ゴ、ゴメン、うぅ、ふッふッうぅ…ゴメン、ミラクル、ごめんな
、うぅッうぅぅ、ふッうぅ…うぅ…」
と泣きながら謝っているから、ボクはできるたけ、ご陽気に確認をする。
「なるほどなぁ。
なァんとなく、事情はわかった。
ごめんってことは、そいつは感染るんじゃなくて、こっちに移ったんやな?
あはは。
ムチャするなぁ、赤城。
ルールとか法則とか、よーわからんけど、赤城は無事なんやな?
赤城のすぐそばにおるみたいに見えるソレは、赤城にはもう見えへんし、悪さもせーへんねんな?」
「う、うん、大丈夫。
うぅ…ありがどぅ…うぅ…うぅ…」
「わかった。
じゃあさ、気にするな、任しとけ、あははは」
ホントは、「あははは」でもないんだけど、とりあえず通話を切って見下ろす女にファック・サインを決めて、背を向ける。
誰かと会話したら、その相手の後ろに立って睨んでくる。
それだけの相手だ。
誰かに口を利く時に心構えさえしておけば、どーってことはない。
そう、軽く考えていたんだ。
女は一瞬もボクを逃さなかった。
一発目は、仕事に向かう途中のコンビニだった。。
レジで支払いをして商品を受け取る際、習慣で、つい、「ありがとう」の言葉が口から出た。
店員の後ろに、あの女がいた。
あの形相で。
思わず、驚いて後ろに転びかけた。
なんとか踏みとどまって、店を出る。
振り向くと、店員の向こう側で、あの女がボクを睨み続けていた。
ボクは「うひょ~」と呟いて先を急いだ。
目の前に女の顔があった。
あの形相で。
反射的に握りしめた拳が肩の高さまで上がった。
「キャッ!!」という若い女性の声で我に返る。
ボクが呟いた時、OLらしき若い女性と、すれ違いかけていたらしい。
ボクは「ごめーんっ!」と驚かせてしまったことを詫びて、くるりとターンをキめながら女の人と白い女を避ける。
足早に遠ざかっていく女性。
女はピタリと前をふさぐように立って、同じ速度で遠ざかっていく。
こちらを向いたまま滑らかに遠ざかっていく女の姿は、ちょっとシュールで、心に余裕があったら、ニヤけて見送ってたかも知れない。
ボクに、そんな心の余裕はなかった。
「おいおい、これは思ったよりキツいぞ……」
心の中で呟いた。
実際、かなりキツかった。
一人暮らしの部屋に戻った時、ボクは、そのまま玄関にうつ伏せに寝転んで、しばらくは立つ気力も起きなかった。
ヘトヘトだ。
家庭の事情で、ボクは高校を卒業して、そのまま就職した。
もう少しヒドいところで働くことになるかと心配だったが、わりと、ちゃんとした会社で採用してもらえた。
世の中が、人手不足だからだろう。
だから、年齢のこともあるのだろうが、みんながボクをかわいがってくれた。
社会人として新しいことを覚えながら、ボクは居心地良く、充実した日々を過ごせていた。
それは、逆に、ボク自身も皆に愛されようと愛想良く、素直な自分でいようと心がけることになった。
そんな状況で、あの女の存在はキツい。
誰かの憎悪や敵意に満ちたまなざしを感じながら、笑顔で過ごすというのは、かなりの精神力が必要だった。
しかも、そのまなざしは、笑顔を向けて話す相手の、すぐ真後ろにあって、こちらを見ているのだ。
しかも、それが見えているのは、ボクだけの状態。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
ボクは荒い息で立ち上がり、洗面台に向かった。
冷たい水で顔を洗い、気持ちをリセットする。
自分を元気づけようと、思わず言葉がもれた。
「いやー、なかなかのピンチだね智則クン」
あの女が立っていた。
鏡に映るボクの後ろに。
ただ、一つだけ違っていた。
その表情は、憎悪や敵意ではなく喜びに溢れていた。
薄汚い歓喜の表情。
喩えるなら、童話に出てくる狼が、やっと獲物にたどりついたような喜びの顔。
鏡に映る女は、静かに、その両手をボクの肩の高さまで上げた。
白く、骨張った長い指をしていた。
それは、ゆっくりとボクの首元へ迫ってくる。
鏡を見るボクの視界の下の方で、何か白いものが後ろから伸びてくるのがわかった。
鏡の中の女は、ボクの首を締めようとしている。
「ぅ……らッ!!!!」
ボクは、ノーモーションで左の拳を鏡に叩きつけた。
反動に乗るように右の拳も。
鏡は、粉々にヒビ割れた。
ボクはペタリと座り込んだ。
整えたハズの呼吸が、また荒くなった。
ゴロゴロと転がって鏡の前から離れ、荒い息でつぶやいた。
「なるほどなぁ……」
赤城の部屋の割れた鏡。
アイツも、これで音をあげたんだろう。
「さあーて、どーしよーかなあー」
壁に背をもたれて、天井を見上げてつぶやく。
『地元の友人が事故で入院しました。
明日は休ませてください』
職場で特に仲のいい先輩に、ウソのLINEを入れる。
社会人として、休む理由になるのか、こんな連絡でいいのかはわからないが、とりあえず、落ち着いて考える時間がほしい。
『おばあちゃんが倒れた』なんてウソだと、見舞いの花とか送ってくれかねない、今の職場では。
『わかった、伝えとく。
気をしっかり持ってな。
お大事に』
先輩からの返事。
ホント、申し訳ない。
実は、ミラクルのあだ名が付いてから、ボクには厄介事に巻き込まれやすい運が付いたようで、そのおかげで、ちょっと変わった知り合いも多くできた。
あの女をどうにかできる知り合いも、何人かは、いる。
でも、このままでは負けたまんまのようで、気はおさまらない。
「さあーて、どーしてやろーかなぁー」
ボクは、もう一度、つぶやく。
ボクはミラクル。
意外と、なんとかできる男だから、さ。




