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『フラッシュ』(『エンデのメモ箱』のようなもの)0005

 だいたい、おっさんというのは、しょーもない。

 たぶん、脳ミソがけてるんだと思う。

 そんなことは、わかっていたんだけど、今回ばかりは、メンドーくさいことになった。


 桃ノ木かなが転校してきたのが、始まりだった。

 小学6年生にしては背が高くて、中学生や高校生と言っても、通じそうだった。

 ま、顔も美人だとは思う。


 担任のシシャが、倉庫代わりに使ってた教室から、まだ新しい机とイスを持ってきて、

「桃ノ木さんは、とうぶん、とどろき君の横や。

 背もスラッとしてるし、ちょうどエエやろ」

 と、ボク、轟光太の横に置いた。


 ボクのクラスは31人。

 机は縦に6列に並んでいて、横には5列。

 余った1人分が、いちばん右の、窓際の列の後ろに1席。

 2学期の初めの席替えで、運悪くボクが当たってしまって、それ以来、なんかあぶれた感のあるボクのあだ名は『まぼろし』。

 ≪幻の6列目の席≫って意味らしい。

 ≪まぼろし≫と≪轟≫の名前が、「なんか似てる」ってことになったのだ。

 どこが似てるのか、ぜんぜんわからない。

 アホなんだ、きっと。

 小学6年生というのは。


 ただ、これは、先生の前では言わない隠れたあだ名だ。

 ボクの学校は、「あだ名はイジメにつながる」という理由で、あだ名は禁止。

 ちゃんと、校則で決まっている。

 男子は≪君≫、女子は≪さん≫で呼ぶようにも決まっているのだ。


 ちなみに、担任の≪シシャ≫もあだ名。

 本当は、柴田先生。

 1学期の自己紹介の時に、クラスのヤツから「先生は何歳なんですか?」と質問されて、「ま、40代やと思ってくれ」とハッキリ答えなかった。

 後から、「どうやら、40よりも50の方が近いらしい」と情報が回ってきて、以来、≪シシャ≫。

 四捨五入⇒四捨50で、≪シシャ≫。

 え?

 しょーもない?

 だって、ボクらはアホな6年生やもん。


 もちろん、このあだ名も、本人の前では絶対に言えない。


 ボクは、そんな席に座っていたもんだから、桃ノ木が教室に入ってきた時から、「隣の席になるんだろうなぁ」っていう予想はついた。

 桃ノ木が黒板の前で、けっこう長く自己紹介していたようだったが、ぜんぜん耳に入ってこなかった。

 今までのクラスの女子にいないタイプの女子が、ボクの隣の席になるんだと思うと、そして、隣の席と言える男子がボクしかいないと思うと、それだけで頭がいっぱいになってしまっていた。


 それなのに、こんな学校なのに、四捨五入したら50のおっさんのシシャは、いらないことを、しょーもないことを言ったのだ。


 桃ノ木の席も決まって、黒板の前に戻ったシシャは、満足げにボクらを見ながら言った。


「轟に桃ノ木かぁ……

 こりゃあ、≪おどろき桃の木≫やなぁ」


 一瞬、クラスは、シーン……。

 シシャはあわてたように言った。

「あれ?

 知らんか?

 昔はな、ビックリした時に「驚き桃の木」って言ったんや」


 アホだ。

 自分のギャグの説明をするなんて、芸人やったら明日には劇場を辞めて出ていかなアカン最低な恥ずかしい行為やないか。

 それなのに、「ウフフ」と笑い声をあげた女子が何人か。

 面白いかどうかじゃなく、『先生が冗談を言ったらしい』ってだけで、反射的に笑うセンスの無い関西女子。


 それなのに、シシャは脳ミソが溶けているから気を良くして、授業のあいだ、ボクをいじり倒した。


おどろき君。

 あ、ゴメンゴメン、とどろき君」

 そのたびに、センスの無いアホな関西女子が笑う条件反射。


 よっぽど、マジメに抗議してやろうかとも思ったけど、そのたびに≪東京≫って言葉が似合いそうな桃ノ木が、「ゴメンね」ってホントーに申し訳なさそうな顔をするから、ボクは言葉を呑み込む。


 次の日のボクのあだ名は『ビックリ』。

 そして、その次の日からのあだ名が『ビック』。


 なんだ、そりゃ。

 ボクは、男子の中で、いちばん背が低いのに。

 ボクは“運悪く”、いちばん後ろの席になってしまった男子なのだ。


 唯一の救いは、向田智則だった。

 変なことにくわしい、そのウンチクを披露ひろうするのが好きな智則。


 ある日の休み時間にボクらの席の前に来て言った。

「桃ノ木に轟かぁ……。

 お前ら、破邪コンビやな」

「はじゃ?」

 一瞬、意味がわからずに訊き返した。

「破邪や。

 邪悪を破るって書くねん。

 桃の木は、邪悪なものが入ってくるのから守るし、轟っていうのは、大きな音で邪悪なものを追い払うって意味なんや」


 ああ!

 智則!

 心の友よ!


 ボクは、その智則のウンチクに、一瞬でしびれてしまった。

 イライラとする気持ちと、申し訳なさそうにする桃ノ木のためのガマンで疲れていた気持ちが、いっぺんに吹っ飛んだ。


 そして、誇らしくなった。


 何よりもうれしかったのは、ボクが桃ノ木のそばに居ることが当たり前の権利を得たような気分になったって、ことだった。


 しかし、それが、単なる言葉遊びじゃなくて、ボクの背負った宿命だと、すぐに知ることになった



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