ホラー企画短編『降りる場所じゃなくて、乗り捨てる場所だったんだよ』
「正式な読み方とは言えないけどねエェェ──」
目の前のおじさんがいきなり大きな声を出して、ボクはビクッと身をすくませる。
平日の午後の駅。
電車に乗り遅れてしまったら、ボクの他にもう一人、同じホームにおじさんが残されていた。
急行どころか快速も止まらない駅で。
、いきなり大きな声で話しかけてきたのだ。
全然、知らないおじさん。
というか、このおじさんはわざと電車に乗らなかったんじゃないか?
ギリギリ間に合わなかったボクよりは、先にホームにいたはずぞ?
もしかしたらアブナイ人なのかも知れないので、話しかけられてるとは気づいていないフリをしようと思ったけど、ガッツリ目が合ってしまう。
まるで、ボクの両目の穴からボクのすべてをのぞいてやろうっていうような目力で、強引に無視したりしたら、変なキレ方をされそうで怖い。
ボクが愛想笑いを作って、どーしよかなーと困っている間も、おじさんの話は続く。
「──《駅》という字には、駅という音読みの他に、《うまや》《はやうま》っていう訓読みがあるんだよ」
そして、得意気にボクを見た。
寂しくて人間がバカになっちゃった蘊蓄マニア?
構ってくれる家族や友だちがいない人?
服装は普段着だけど高級そうで、オシャレな着こなしをしてるし、会話と呼ぶには大きすぎる声以外は、変わった様子のない人だ。
「旅人のための、馬を乗り継ぐことができる宿泊地って意味でね、それが一定の距離ごとに設けられていたんだ。
汽車や電車の発着場所を指すのは、日本だけさ。
目的地なのではなく、乗り物を新しいものに乗り換えて、更に旅を続ける場所だったんだ」
へえへえ。
心の中で小バカにした相槌を打って気を紛らわせようとしたら、グイッ!!と距離を詰めてきた。
顔の真ん前まで。
息がかかりそうっていうか、ちょっと臭い。
見た目の小綺麗さに不似合いな口臭で、体調でも悪いのかも知れない。
おじさんは囁くように言う。
「そんな場所で巡り会うなんて、運命的でドラマチックじゃないか。
波長っていうのかな?
合う合わないがあってね。
誰でもいいってわけじゃないんだ」
スゥっと目を細める。
ああ、そうか。
この人は、あーゆー性的嗜好の人なんだろうと、ボクは察する。
女性ではなく男性の方が、っていうタイプなんだ。
ボクは、きっと見初められたんだろう。
別に、人の生き方を否定するつもりはないけど、おじさんがボクを力ずくで求めてきたとしたら?と考えると怖い。
駅員さんがいるのは、改札だけだったっけ?
逃げきれるだろうか。
なんか、このおじさん、普通じゃないもの。
電車の案内のアナウンス。
ただし、到着じゃなくて快速の通過。
おじさんは、ハッと上を見上げた。
それからボクに視線を戻して、ニッと笑顔を作った。
陽気に片手を振って、離れていく。
そして、そのまま線路に飛び降りて、けたたましいブレーキ音を立てて列車が通った。
おじさんは一瞬で砕けるようにミンチにされたんだろうけど、それでもまだ電車は止まれるはずもなくて、狂ったような警笛の音と、このままじゃ脱線するんじゃないかっていうぐらいのムリヤリなブレーキ音が、空気を震わし続ける。
ボクは改札へ走る。
改札なら、駅員がいるはずだ。
なんだ?
なんだ?
なんで、こんなことになったんだ?
改札に着く前に、駅員さんの方が走ってきてすれ違った。
ホームに向かっている。
ボクはヘナヘナと足から力が抜けて、そのまましゃがみ込んだ。
頭がクラクラする。
ぐるぐると視界が回る。
立ち上がってズボンのポケットに片手を突っ込んだ。
二つ折りの財布。
切符は中に挟み込んであった。
こういう騒動の場合は、すぐに払い戻しをしてもらえて、駅の外に出られるのだろうか?
しかし、あんなに凄絶に苦しいものだとは思わなかった。
思いがけず、あっさりと巡り会えてしまって、すっかり気分が高まってしまっていたのだ。
この世にただ1人なんて話ではないが、なかなか見つけ出せる存在でもない。
膵臓は沈黙の臓器と呼ばれているそうだ。
気がついたらステージ4に達していた。
動くことも辛い状況だった。
あと数日で、動けなくなってしまっただろう。
どうしようかと、正直、けっこう焦っていたところだった。
駅というのは、本来、乗ってきた馬から新しい元気な馬へと乗り換えるための乗り継ぎ場だったそうだ。
新しい体と巡り会えるなんて、それも若い男の体とこんな場所で巡り会えるなんて、運命としか思えなかった。
私は、もう、何万年という時間を肉体という器を乗り換えることで生き続けてきた。
どこを目指していたのかも、もう思い出せない。
ただ、こんな死に方だけは、2度と選ばない。




