ホラー企画短編『電車待ち』
怪異と呼ぶほどの、おおげさな話ではない。
ただ、私が気を失っただけの話だ。
見たことがあるだろうか?
大きく瞳孔の開いた目を。
たとえばネットならば、“覚醒剤”“瞳孔”と検索すれば見ることができる。
私は単なる好奇心で見たことがあるだけだが、なかなかに強烈だ。
人間の瞳っていうのは、実際は黒くない。
黒いと言えるのは瞳の中、瞳孔の部分だ。
その黒は艶やかな黒というより、すべてを吸い込む闇のような深さを持っている。
だから、瞳孔が瞳いっぱいに広がった目というのは、どこか異様だ。
強い目力と頼りない虚ろさを併せ持っていて、見るものを言いようのない不安な気持ちにさせる。
営業の仕事の途中で、駅のホームで電車を待っていた時だ。
思い返してみれば、珍しい景色だった。
ホームには私1人。
通勤ラッシュの時間なら身動きも大変な駅なのに、駅員さえいなかった。
その時に、何か異変に気づくべきだったのかも知れない。
電車が入ってきた。
車両の先頭が私の前を通りすぎて、4両目か5両目の車両が私の前に止まった。
平日の昼間の割には、思ったよりも乗客がいた。
今までの駅の景色が異様だったことには、この時に思い至ったように思う。
いろんな年令の人が乗っていた。
下校中らしき制服姿の少年たち。
20代だろう女性の2人組。
私と同じようなスーツ姿の男。
他にも、向こうの景色が見えない程度に、いろんな乗客が立っている。
座席には駅側のシートに中年の女性や年配の女性が数人、間隔を空けて座っている。
座っている女性たちは、みんな、体を捻って駅のホームを、いや、私を見ていた。
違う。
車内の全員が私を見ていた。
少し首を傾げて。
そのすべての瞳は真っ黒で、強く、虚ろだった。
車両のドアが開いた。
私は迷った。
異様なものを感じたが、何かトラブルが起きたわけではない。
長い距離の移動でもないし、気がつかないフリをして乗り込めばいい。
自分に言い聞かせる。
車両に乗り込もうと片足を上げた時には、私は既に汗だくになっていた。
呼吸もうまくできない。
頭の奥が、行くな!行くな!と叫ぶ。
気を失った。
意識が戻った時、目の前に駅員がいた。
野次馬だろう数人の人だかり。
運んでくれたのだろう。
私はホームのベンチに座っている。
体は汗でびっしょりだった。
まず、駅員に、迷惑をかけたことを詫びようと思った。
のぞき込む駅員も囲むように私を見る野次馬たちも、すべての瞳が黒く、強く、虚ろだった。
私はもう一度意識を失った。




