『ブラッシュアップ考』より『おどろきモモの木(主人公変更)』
美咲がボクの中学校のみんなに『イクラちゃん』と呼ばれているのは、美咲が中学2年生になってもまだボクのことを『タラちゃん』と呼ぶからだ。
みんなの前でも。
「イクラちゃんが迎えに来てるぞ」
放課後の教室で向田が教えてくれて振り向くと、教室の前側の入口に美咲が立っていた。
小柄で色が白く黒髪のショートカット。
学生カバンを両手持ちにしてオドオドと肩をすくめている。
制服を着ていなければ間違えて中学校に来てしまった小学生みたいで、極度の人見知りで不安げな様子は、見る者に何とも気の毒な気持ちを抱かせてしまう。
ボクは「おう、ありがとう」と昨日見たユーチューブの話題で向田と盛り上がっていたのを切り上げて、慌てて帰り仕度をして美咲の所へ駆けつける。
でも、美咲的には緊張の限界だったみたいで、待たせたボクを「もう! タラちゃん!」と大きな声を挙げて非難する。
桃ノ木美咲。
ボクの幼馴染み。
2人で並んで廊下を歩くと美咲も落ち着きを取り戻したらしい。
すれ違う女子たちに「バイバイ」とご機嫌で手を振りながら、「何の話をしてたん?」と訊いてくる。
ボクが向田に話したユーチューブの話をすると、興味の対象外だったみたいで途中から「そーいえば昨日なぁ──」と、自分が視てたバラエティ番組の話を始める。
内弁慶。
極度の人見知りなクセに、気が許せる相手ならワガママ気まま。
そんな美咲は、美咲の家だけでなく、ボクの家族の間ではお姫さま扱いである。
いや、美咲のママの紗友里さんよりもボクの家族の方が、美咲には甘いかも知れない。
まあ、美咲の居心地が良いなら、それで良いけど。
ボクの家族には、当然、ボクも含まれている。
ボクはテキトーに相づちを打ちながら、周囲に気を配って、2人で家へ帰る。
家が隣なのだ。
ボクらが幼稚園に入園する前の年に、ボクが美咲の隣の家に引っ越して来たのだ。
ボクらは同じ学年だけど美咲が3月の早生まれ、
引っ越しの挨拶に回った時、数字の上ではボクは1歳年上だった。
その頃から人見知りが始まっていた美咲に、紗友里さんは友だちを作ってあげたかったのだろう、ボクらの前で、こう言った。
「美咲ィ、お兄ちゃんができて良かったねぇ」
これが、すべての始まりだった。
互いに一人っ子のボクらは、美咲も、そしてボクも、この『兄』『妹』という設定の虜になった。
美咲は毎日のように会いに来た。
ボクも毎日のように会いに行った。
朝ごはんを食べ終わったボクらが初めにすることは、相手の顔を見に行くことだった。
ボクより小柄で、臆病で、いろんなことがたどたどしい美咲に気を配りながら行動することが、ボクの生まれもっての使命のような、幼いボクの生き甲斐のようなものになっていた。
そして、美咲も一生懸命にボクを求めて頼っていた。
ボクの母さんがボクを『忠ちゃん』と呼ぶのをマネるのだけれど、舌が回らずに『タラちゃん』と呼んで。
ボクの名前は葦矢忠史。
ボクらの関係は、今も、その『兄妹ごっこ』の延長線上にある。




