『新時代記』より『小島裕太 飛翔』
命がけの戦いを前に、ボクは自分に問いかける。
どんなに離れていても、駆けつけることができる“力”。
どんなに強い敵が相手でも、必ず勝てる“力”。
人生で、たった1つだけ手に入る“力”を、選ぶことができるなら、ボクはどちらを選ぶだろう?
きっと、“駆けつける力”だ。
迷ったけど、ほんの一瞬だけだった。
どちらの力も、どちらか片方だけでは、愛する人を守りきれないだろう。
ただ──駆けつけることができたなら、まだ、愛する人のために戦うことができる。
たとえ、敵わないような相手だとしても、命がけで挑むことができる。
もしかしたら、相討ちには持ち込めるかも知れない。
それがダメでも、愛する人を逃がすことは、できるかも知れない。
もし……それもダメでも……
愛する人のために、戦って死ぬことはできるだろう。
もし、そのまま愛する人が絶望の刻を迎えるとしても、自分のために命を賭けた者がいたことが、その心を、ほんの少しでも、ほんの少しでも、救うかも知れない。
ボクは街を低空で飛んで彼女を拐った車を追い、自分が出した答えを自分に言い聞かせた。
ボクに起きていることは正しい。
ボクに現れた“力”は、『飛翔』。
誰かを愛するために、1番最適な“力”だ。
そんな“力”を手に入れているボクは、これからどんな結果を迎えたとしても、きっとそれが最善の結果なんだ。
そう信じよう。
だから、もう怖れるな。
目の前のことに集中するんだ。
車は、街の外れの廃工場で停まった。
防犯カメラの設置が充実している世の中でも、人口密度の低い場所は、まだまだ完全とは言えない。
奴らは彼女をここに連れ込んで、拷問でもする気だろうか?
“力”を持つ者同士の人脈。
それを訊き出すために。
“力の発現”が珍しくなくなった世の中でも、“力”を持つ者のすべてが、それを公言しているわけではない。
いや、“力”の使い方次第では、世界に対する脅威となり得るような“力”を持つ者ほど、トラブルを怖れて秘密にしているものだ。
そんな社会に潜んだ“能力者”の存在を知るのは、ほぼほぼ同じ能力者だけだ。
奴らが知りたいのは、その情報なのだ。
“能力者”の殲滅を目的とする組織。
『創造の矯正者たち』。
神の書に記された言葉、『初めに言があった』『この世にあるもので、言によらぬものは、何一つ無かった』。
それらの“言”の真の意味は、“理”であり“法則”を指すそうだ。
彼らは、説明不可能な“力”を持つ者たちは『この世にあってはならぬもの』だと唱え、“力”を持つ者を“神の理に反する者”という意味で、『魔人』と呼んでいた。




