『新時代記』より『林泰輔 自己ヒーリング』
頭からは血が流れてると思う。
ボクは階段から突き飛ばされて、踊り場へと頭から飛び込むように落下したのだ。
学校の校舎。
相手は廊下でボール遊びをしてたらしい男子たち。
誰かまでは、わからない。
考える気にもならない。
強烈すぎてボクのすべての気力を奪うような痛みに、ボクは打ちのめされている。
目を開ける気にもならない。
ただ、一生懸命に自分の呼吸音を聴いていた。
シエ姉……。
ボクは心の中で姉の名を呼び、そのまま意識は深い闇へと落ちていった。
目が覚めると、先生の顔があった。
若い女の先生。
理科の秋元先生だ。
ボクの前髪を掻き上げ、一生懸命に何かを捜している。
捜して、
「え? え? え?」
とパニックになったみたいに、周りをキョロキョロと見渡している。
ボクは、階段の踊り場から動かされていなかった。
保健室に運ばれる前に、目を覚ましたんだろう。
ボクの流した血のせいで、制服のカッターの胸元までが赤く染まっている。
鮮烈な赤と言うより、乾いてやや茶色がかった赤。
着心地も少しゴワゴワしてるように感じる。
逆に、背中は水を掛けられたみたいに濡れている。
少しベタついた濡れ方。
汗だ。
ボクは、ボクの“力”が発動してくれたことを知る。
「秋元先生、ごめん、もう大丈夫やから」
ボクは秋元先生に言った。
先生は、ボクの傷口を捜していたんだろう。
保健室に運ぶにしても、傷口に布を当てて押さえる程度の止血は必要だ。
それが見当たらなくて、パニックになっていたのだ。
この出血の多さで、傷口が無いわけがないと。
「大丈夫? 林くん。
吐き気とかは無い?」
秋元先生は、心配そうにのぞき込む。
顔が近い。
顔が近いから、なんとか早く逃げ出したくなる。
「先生、大丈夫やて。
ちょっと鼻血が出ただけやし」
ボクはウソをつく。
「“ちょっと”って……」
先生は、“ちょっと”どころでは無い血溜まりの跡を見ながら、食い下がろうとする。
ボクは「もう止まったから、行くわ」と逃げ出す。
背中を向けながら、「血の跡を掃除しなアカンかな?」と迷った。
迷ったが、「そんなん、オレにぶつかったヤツらの責任やんか」と自分で自分の背を推す。
確かに、ボクの額には傷が出来て、そこからはたくさんの血が流れていた。
ただ、ボクの“力”が、ボクの傷を癒したのだ。
失神に近いほどの、アッと言う間の深い眠りと大量の発汗。
ボクは、あらゆる病気とケガを、この急激で短い眠りで回復させることができた。
それは、ボクの両親が事故で死んで、泣き虫な姉と、叔父の家に引き取られた日から身についた“力”だった。




