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晩餐会 Ⅰ

 大きく彫刻が見事なマントルピースと、その上に飾られた大きな肖像画。


 その周りや窓以外の壁に、小振りな__とは申せ、大の大人の頭から膝までの大きさに匹敵する__肖像画がいくつも飾られた部屋。


 天井からは硝子を惜しみなく使ったシャンデリアと、長いテーブルには淡い柔らかな光を発する魔石を使用した食卓が、カトラリーやグラスを輝かせている。


 テーブルの装花は白や藤色、橙色の花々で彩り豊かだが、芳香はほぼなく、料理を邪魔することはない。


「__やっとお招きすることが出来ましたね」


 ふふ、と大らかに笑むのは、ブリュール夫人である。キルシェは彼女に、笑顔で小さくうなずき答えた。


 この食堂__この屋敷はブリュール伯爵夫人邸で、キルシェはビルネンベルクと一緒に彼女が主催する晩餐会へ訪れていた。


 昨日、コンブレンの宿へ戻った際、偶然ブリュール夫人に遭遇したのだ。


 夫人は大学が長期休暇に入ったことを利用して、コンブレンで自身の子息家族と食事会をしていたらしい。


 長期休暇といえど帰省する者は、あまりいない。休みの間に勉強をしている者ばかりだからだ。キルシェもこの部類。


 対して、ブリュール夫人は自他ともに認める、じっくり、と学を修める心持ちで、毎年長期休暇は自宅へ戻っている。


 夫人は大学に在籍していても社交界もそれなりに大事にしていて、その長期休暇の間、招きがあれば応じているし、自らも晩餐会を催しているらしいかった。


 その遭遇した彼女からの提案で、こぢんまりとした晩餐会を催すので是非__ということである。


 __社交界に不慣れな方々を招いておりまして……ビルネンベルクの方が同席してくださるのであれば、とてもいい練習になりますから。


 今回そうした事情を持った者にとっては、これ以上無い自信につながるはず__と夫人がさらに添えれば、ビルネンベルクは快諾したのだ。


 帝国の重鎮のビルネンベルク一門が参加するということは、その晩餐会は規模に関わらず箔がつくのは間違いない。


 では、自分は宿で待とう__そう思っていたのだが、キルシェもこの晩餐会に出ていた。


 __キルシェさんも、社交には未だ出ていないとか。お節介かもしれませんが、かなり砕けた雰囲気には間違いないので、勉強とおもって経験しておいて損はありませんよ。


 消極的でもないキルシェは夫人の言葉は一理あるとも思えたし、ビルネンベルクも強く勧めてもくれたのだが、中々頷けなかった。悩ましかった。


 晩餐会に出られるような礼装は、生憎と持ち合わせていなかったのだ。持ち出していた一番格が高い服は赤い葡萄酒の染みができてしまったし、そもそもこれは晩餐会に着用するには格が劣り、主催者に失礼にあたるから着られない。


 当日の服が気がかりだ、と言えば、ビルネンベルクが弁償だ、購おう、と言い出して__落とし所は、夫人が見出してくれた。


 夫人が昔着ていた服を少し補正してもらって、それを身に纏うという解決策である。


 朧げで軽やかな印象の甕覗(かめのぞ)き色を基調とし、肩口から伸びる飾り袖の下__肩口から袖と首元から胸元は白いうっすら透けるレース地に覆われたそれは、露出少なく古風に違いない。


 キルシェはテーブルの向いに腰掛ける女性へ、部屋全体を見渡すようにしながら視線を向ける。


 首から胸元までが開けた流行りのドレスは、初夏を思わせる鮮やかな薄緑で、緑の瞳と金の髪の彼女によく似合っている。


 彼女は、紛れもなく昨夜、リュディガーとお見合いをしていた女性だった。


 __まさか、彼女がいるなんて……。


「__まさか、君がいるとは思わなかった」


 キルシェの心の内の言葉をなぞるように、隣の席を充てがわれた招待客が言った。それも、声を潜めて、手元の料理を眺めながら独り言のように。テーブルの向こう側にいるものも聞き逃すだろう声。


 だがその内容は、間違いなく自分へ向けられているものだ。


 隣り合った招待客で主に会話をするもの。晩餐会が始まってそこそこ時間が経つが、彼と言葉を交わす__もとい、話しかけられるのは初めてだった。


 不意打ちのようで、キルシェは心臓がはねた。膝の上に置いていた手を__手の甲を覆うように、ひっそり、と握りしめる。


「……私も、思いませんでした」


 彼のぎこちなさに感化されて、キルシェはわずかに顔を向けるだけで視線を合わすことができなかった。


 そしてグラスを手にとって、白い葡萄酒を口に含む。その視界にある彼女は、隣に座る龍騎士の証を立ち襟につけた礼装の青年と、和やかな雰囲気で語らっていた。


 __パスカル・デッサウ卿。


 リュディガーの見舞いに行っていたとき、世間話などをしたことがあるリュディガーの後輩にあたる龍騎士。


 龍騎士になり準貴族として晩餐会に呼ばれることもあっただろうが、そこそこに会話を交わして面識があるキルシェは、彼が緊張しているように感じていた。


 天下のビルネンベルクが同席しているのだ、無理もない。しかも彼は、到着してから知らされたわけだから、不意打ちも不意打ち。


 それを承知でいるはずのビルネンベルクは、晩餐会が始まってから、緊張をほぐそうとしてのことだろうが、彼によく話しを投げかけている。その彼は、時折キルシェの隣の招待客へと救いの手を求めていて、キルシェはそうしたやりとりを静かに傾聴するに徹し見守っていた。


「着替えはあったようで、安心した」


 隣の招待客の言葉にキルシェは息を詰めて、彼が屋敷へ訪れて以来、顔を__目を向ける。


 榛色の髪の毛はしっかりと後ろに撫で付けられ、蒼の色の中に紫が潜む双眸の彼__飾り袖のついた礼装を纏うリュディガーだった。


 準礼装、そして礼装と準備をしてきた彼と違い、この礼装はキルシェのために手直しされているものの、後で返すものだ。


 着替えなどというものは、帰路においてもなく、染みのついたままの服で帰るつもりでいる。無論、見えないように工夫できるからこそであるが__。


「……見て、おられましたものね」


「ああ。昨夜も驚かされたが……」


 __私も驚かされましたが……。


 彼は、暇をもらう以前、それなりに縁談の話はあったらしいことは、ブリュール夫人と彼の同僚たちの話から総合的に見てなんとなく想像できていた。


 ただ、暇をもらって社交から遠のいていても、彼にはそうした話は相変わらずくるとは思いもしなかったから、驚いたのだ。


 それを偶然にも目撃してしまっただけでなく、そんな大事な場面で自分が場を騒がせてしまった。台無しにしてしまったのではないか、と申し訳無さがキルシェの中には芽生えていた。


 だがどうやら、その件の相手__ニーナ・フォン・ロイエンタール子爵令嬢と同じ晩餐会に招かれていて、わだかまりなく会話をしているのだから、良好なようである。


 __よかった。


 ひそかに安堵していたキルシェ。


 今夜の主催者はブリュール夫人であるが、主役としてはニーナとパスカルの様相で、キルシェはとにかく全体を見守り、話しかけられるまでは常に傾聴するように徹していた。


 ビルネンベルク侯__彼は当主ではないものの一門__ブリュール伯爵夫人、件のロイエンタール子爵令嬢、そしてブリュール夫人の友人ドレッセン男爵夫妻。加えて、準貴族とは申せ、ナハトリンデン卿とデッサウ卿というどれも皆、所謂上流階級の者たち。


 __私は、無位の者。それも養子の。


 養ってくれた父が、裕福だっただけ。かなり裕福な家であったから、上流階級との交流が多く、社交にも出られるような環境だっただけ。故に、自分は教養も立ち居振る舞いも一流のそれを叩き込んでもらえた。

 

 __そう。その環境にあっただけ。恵まれていただけ。


 この中にあろうとなかろうと、常日頃、自身の出自を卑下することはないものの、ふと、そんなことを思ってしまった。


 __思った時点で、比べているわよね……。


 内心自嘲したところで、ふとテーブルの向こう側に座るニーナの変化に気づいた。


 和やかにデッサウと語らっているものの、その顔に先程までみられなかった陰りのようなものが見える。姿勢も僅かに前にしていて、それはさながら腹部を労っているようにキルシェには思えた。


 __あぁ…顔色が……よくないのだわ。


 陰りと思えたのは、不調を示している顔色だったと分かった。そして同時に、キルシェは行動に出ていた。

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