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候補者たち

 冬至へ向けて始まった、矢馳せ馬の鍛錬。


 初めての顔合わせは、二苑で行われた。


 二苑は一苑の宮殿の庭という名目があるため、三苑よりは大木はあるものの、空が開けて見える箇所もあるが、境界としての石を積み重ねた塀と門扉がなければ二苑に踏み入ったとはわからない。


 キルシェは、一苑の双翼院で療養していたリュディガーを見舞うため通過していたが、一苑から二苑、二苑から三苑のそれぞれの区間は用意された車での移動を求められ、徒歩で踏み入ってはいなかった。


 だから、二苑へは初めて踏み入ったような心地である。


 候補として集められたのは、キルシェとリュディガーを含めると、21名。内訳は、神学校から12名と軍学から7名。この中から、最終的に12名が選ばれる。


 神学校は神職になろうと志す者が学ぶところで、軍学は武官の官吏を目指す者が学ぶ。神学校からの選出が一番多いことをみるに、やはり儀式という側面が強いのだろう。


「__私は、神殿騎士のゲオルク・エングラー。これから君たちの指導を担当する者だ」


 三苑からさほど離れていない二苑の広場。


 白い細石が敷き詰められたその外れにある、大きな葉を茂らせる(ホオ)の3本の大木が作る木陰に集められた一同は、声の主を見つめていた。


 鼻先で一同を見渡すようにしているゲオルクは、背筋を伸ばし、鞘に納められた細くまっすぐな剣で地面を突くように立て、柄頭に両手を置いて佇んでいる。


 年の頃は30半ばといったところだろうが、特に睨んでいるわけでもなく、見渡しているだけにもかかわらず、緑色の瞳には眼力があって貫禄がある。


 神殿騎士は、帝都はもとより各地の聖域や神殿などの守護が任務の神職の武官である。


 龍騎士の制服とは異なり白が基調で、右の腕を覆うような片側に寄った外套はもちろんのこと、襟元や袖口、裾などに筋状の金糸の刺繍が施されている。


 それを纏うゲオルクは、金色の髪ということもあって、絵に書いたような神職の騎士という麗美な印象を抱かせる。


「君たちから見て右はヘルゲ、左がマルギット。どちらも私の補佐である。私がやむを得ず不在であるときは、彼らにすべてを委ねていると心得給え」


 肩幅に足を開いて後ろ手に手を組み、一歩下がった背後に控えている同様の制服を纏った男女。彼らは20半ばから後半ぐらいのようだ。


 彼らはゲオルクほどの華やかさはないものの、洗練された落ち着いた雰囲気を持ち合わせている。


 ヘルゲは妖精族の耳長らしく線が細く縦に長い体格で、マルギットはゲオルク同様、人間族のようだ。


 __といっても、見た目通りではないことも往々にしてあるのだけれど。


 キルシェはひとりごちて、同じように指導者らを見る一同をそれとなく見渡した。


 獣人族の特徴がある者もいるが、ぱっと見ただけではわからない種族があるから、あとはすべて人間族だけとは言いにくい。


 この世には10の種族が存在する。神族、龍族、解豸(かいち)族、片翼族、獣人族、月夜族、妖精族、有翼族、精霊族、そして人間族。


 魔物と呼ばれる種もあるが、これはここには含まれない。


 この10種族間で、この世の理__天綱の下、均衡が保たれているためとされている。このうち、神族、龍族、精霊族の3種族を除いた7種族を、所謂、《ヒト》という括りに分けている。


 そして、解豸族に至っては、地上にいない(・・・・・・)種族だから、この場にはいないことは確実だ。


 __お空の上の、天帝が治める天津御国に住まう種族だものね。


 龍帝に龍の号を下賜した天帝がいるのだから、その国も確実にあって、解豸族もまたいるのだろう。


「訓練はこの場所の先__見えるかな。あちらの平屋の向こうにある草地で行う」


 ゲオルクが身体を軽くひねり、視線で示すのは、東の奥。木々の間に顔を覗かせる建物。その向こうは建物の死角となっているが、見える限り明るいから、空を覆うような森ではないらしい。


「大まかに説明するが、今後の予定として、まず毎週1日はここで矢馳せ馬に取り組んでもらう。秋分の頃に一度各自には試験を受けてもらい、候補者を絞る。そこからは週に2日、一苑の儀式を行う馬場に移ってもらう。冬至の一ヶ月前には週に3日。冬至2週間前に最終的な候補者を絞り、調整で2日に1日かあるいは毎日__といった具合だ」


 __それだけ時間を割くのなら、私が選ばれるのは至極当然な流れだったのね……。


 卒業が確実で、時間に融通が利くような学生であるに越したことはない。


 ちらり、と横に並んだリュディガーを見上げる。


 彼は、肩幅に足を広げて後ろ手に手を組み、顎を引いてゲオルクの方を集中して見ている。その様は、まさしく武官が上官の話を傾聴するそれで、軍学からの候補者らに負けず劣らずである。


 普段の彼以上に、精悍さが増して見えるから不思議だ。


「三苑の入り口から二苑までの往来は、慣例として車での往来となっているが、君たちは来客という区分ではないし、人数も多いから、車に乗りそびれたら待ちぼうけを食らうだろうということで、徒歩でも構わない__が、三苑を通過している際は、なるべく道からはずれない様」


 ゲオルクは、顎をしゃくって三苑があるはずの方角を示した。


「ここまで来て気づいているかわからないから説明しておくが、道の両側の離れたところ__目視できるかどうか、というところから苔むした地面に切り替わっていたのだが、その苔が広がる領域に踏み込まなければ、少し奥へ踏み入ってよい我々ヒトの領域だと思ってくれたまえ。それ以上は、障りがあるので禁ずる」


 __それは……それなりに奥なのではないのかしら。


 何度か往復しているキルシェの記憶には、三苑を貫く道の両側は、乾いた土ばかりの印象はないものの、苔が生えていた印象がない。


 少し高い草丈に隠れて、苔が見えなかった可能性もあるが、それだってそこそこ離れたところだ。


「馬は、ひとりにつき一頭を用意する。訓練の際は同じ馬に乗るように。本番もよほどのことがない限り、乗り慣れたその馬だ。それから、訓練用の衣服__下の方のみだが、こちらが用意する。これは本番のものと形は同じであるが……今回、女性はひとりだけだったな」


 一同の視線__それこそ、軍学の者まで、キルシェへと向けられた。


 思わず縮こまりそうになるものの、横に堂々と佇むリュディガーがいるお陰で、どうにか踏みとどまれた。


「君は、別室を用意してあるので、そこで着替えるように。後で、マルギットに案内させる」


「はい」


 キルシェの返事に頷き、ゲオルクは改めて一同を見渡した。


「__何か、質問はあるかな?」


 暫し待つが、これと言って皆は声を上げなかった。


 よろしい、とゲオルクは言って、地を突くように立てていた細剣を取り直して腰に留めにかかる。


「そこの、君」


 そうしながら、顔をリュディガーへ向けて声を掛けた。


「はっ」


 つぶさに返す端切れの良い返答とほぼ同時、一同がリュディガーを振り返った。


「君は、軍学ではないだろうに、さっきから見ていて佇まいといい……(こな)れているな」


 軍学からの候補者は、みな軍学の制服を一様に着用している。


 神学校の候補者は、そうした制服はないようだが、清貧という言葉がぴったりの装い。神学校の者は、私服の上に麻の法衣のようなものを纏う。それでも乗馬できなくはないだろうが、鍛錬のために着てはいないのだろう。


 キルシェとリュディガーは、弓射と乗馬の教官デリングに、訓練では服を用意されるからいつもどおりで構わない、と言われていたため、少しばかり身綺麗にした私服である。


「暇をもらっているとは申せ、武官のそれは抜けきらないようだ。__龍騎士ナハトリンデン卿」


 目を細めて吟味するゲオルクの言葉に、候補者の面々は僅かながらにどよめいた。


「__どうぞ、リュディガー、と。私は今は学生の身の上ですので」


 まったく動じず、リュディガーは言葉を返した。


 なにか含みがあるというわけでもないが、面白い、という表情でゲオルクかすかに笑っていれば、背後に控えたマルギットが軽く咳払いをした。


「__では、諸君。これから衣服を支給する。それに着替えたら、馬を割り当てるので、軽く馬場を流してもらおうと思う」


 二回、手を打ち、声高に、解散、と言い放ったゲオルク。一同が雑談を仲間内でし始める最中、キルシェはゲオルクに手招きされた。


 リュディガーと一度、顔を合わせてからそちらに足早に駆け寄れば、マルギットについていくように言われた。


 きつくもなく、冷たくもないマルギットの表情は、キルシェと視線が合えば静かに笑んで、こちらへ、と誘った。


 それに素直に従い、彼女の後に続こうとあるきはじめ、ふと、キルシェはリュディガーを振り返る。


 すでに姿勢を崩していた彼も、離れていったキルシェのことを気にかけて、振り返ると同時に目が合い、お互い軽く別れの挨拶のように頷きあった。

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