表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
211/249

矜持の帰還 Ⅰ

 口布のある兜を、小柄で細身の人物が外しにかかるのに倣い、大柄な人物も外す。


 その大柄な方の人物に、マイャリスは釘付けになった。


 榛色の髪の毛はしっかりと整えられ、一切の乱れがない。力強い眼光の、青。その奥に眠るような紫は、彼の信念の強さを表しているようだった。


 相変わらず、表情の変化に乏しい彼だが、いつぞや、この庭園で再会したときとは異なり、彼の表情は昏くはない。


 近衛の甲冑は黒を基調としたものだったが、今の彼が纏っている甲冑は、陽の光を浴びて輝く銀。


 その甲冑が弾く光りもあってか、彼の顔は生気が溢れて見えるのかもしれない。


 見ているだけで高揚するそれは、まさしく帝国の誇りである。


「フルゴルから聞いていますが、体調は、いかがで?」


 フォンゼルの問いかけに、マイャリスは我に返った。


 答えようとするが、その彼の肩に目が釘付けになる。


 彼の肩__首にぐるり、と襟巻きのように黄金色の毛皮が巻かれている。


 それは、オーリオルという種の、龍騎士が使役する小型の龍。


 大きさは猫ほど。身体は猫のそれだが、鳥のような翼と嘴のような形の口元。そこにわずかに牙が覗く。小振りな一対の角を戴いていて、尾花のような優美な尾を首に巻き付け、龍騎士の肩に乗るのだ。


 オーリオルは特殊な龍で、個体同士で情報のやり取りができる。これを利用し、龍騎士らは相互にやりとりを行う。


 蒼穹のような目が、愛らしくもマイャリスを吟味するように細められて、少しばかり身構えた。


「お、お陰様で……こうして」


「左様ですか。しかしながら、御身の安全に係わることとは申せ、州城のこの邸宅へ押し込めてしまっていること、平にご容赦頂きたい」


「はい、それは、承知しております」


 州侯の娘__そこに養女ということは関係ない。


 憎しみを向ける対象として、それで十分なのだ。


 自分でも、つい最近までそれは盲点で、身をもって知ることになった。


 __でも、帝国としては、獬豸の血胤最後の私がこの世からいなくなったほうが、永劫鏡を保持できるでしょうに……何故、護るようなことをするのだろう。


 鏡を壊す手段は自分しか持ち得ていない。


 そんな自分が__保護され、生かされていた自分が、いつ牙をむくか知れないのだ。則ち、帝国にとって百害あって一利なし。


「現状、イェソドは暫定的に私が治めています。中継ぎ、とも言えますが。取り急ぎ、復興へ向けての下地作り__それに取り掛かっているところです。そして、貴女の処遇は、これから決まります」


「処遇……ですか」


 是、とフォンゼルは頷いた。


「__では。どうぞ、ご自愛を」


 こちらの質問を受け付ける素振りもない、あまりにも端的な一方的な会話で、呆気にとられるマイャリス。


 それを気にも止めず、一礼して踵を返すフォンゼルだが、クラインが大きく手を一つ打った。


「__あ! 団長閣下、少々よろしいですか? ついでにご相談が……」


 思い出したような声を上げるクラインに、何だ、と踵を返したばかりのフォンゼルは眉をひそめて振り返る。


「こちらのやんごとなきご令嬢の警備の長として、いくつか気がかりがありまして__あ、ナハトリンデン卿、ちょっとそちらお預けします」


 リュディガーの返事を待たず、誘導するようにクラインがフォンゼルの背を押して、先に行ってしまった。


 なにやら話し込みながら離れていく彼らを、呆然と見送るマイャリスは、近くで咳払いをされて我に返る。


 見れば、咳払いをしたのはリュディガーだった。


 彼は、彼らに続くよう促すので、マイャリスは遅れて後を追うことにする。


 二人の後ろには、付かず離れずの距離でアンブラが続いていた。


「君は、体調は?」


「え……。ですから、もうこうして出歩いているぐらいには」


「__本当のところを」


 リュディガーには敵わない、と苦笑を浮かべるマイャリス。


「……ほんの少しだけ、ふわふわした感じがするだけで、いたっていつも通りです。リュディガーは?」


「まだ内臓が、こう……ぐるぐると気持ち悪く動く、不快感が時々迫り上がって来るときがあるが……まあ、この程度ならってところだ。負った傷は、アンブラとフルゴル、そして神官のお陰でもうなんともない。どの傷も……一番酷いところで、かすり傷だと言えるぐらいになっている」


 痛みを堪えるわけでもなく、穏やかに余裕を持って答える彼に安堵する。


 先程からの彼の挙動を見るに、外傷は大丈夫な様子であることは伺い痴れていたが、改めて本人の口から聞くとより安心する。それは勿論、嘘偽りない回答だからとわかるからだ。


「甲冑はどうしたの?」


「運んでもらっていたらしい」


「らしい?」


「応援部隊が運んできたんだ。私は昏倒していたから。目覚めて、動けるようになったら途端に、着ろ、と言われた。非常時だからな」


 リュディガーは軽く視線とともに顎をしゃくって、指示したのはフォンゼルだ、と示した。


「第一礼装のあの格好は、特別に誂えて瘴気を軽減するようにしていたが、防御の面では布だからどうやっても甲冑(これ)に劣る。特別な礼装__物理的な方面での強化しておいてもいいが、それはそれで馬鹿みたいに高価になるし、何より痴れ者に感づかれるからな。なんでそんな成りをしている、と。__お陰で、仕込みの装備も全て切り捨てざるを得なかった」


「仕込み……?」


 反芻すると、例えば、とリュディガーが徐に腰のベルトの留具を示した。


 その動作で、彼が私服警備をしたとき、ベルトの留め具を加工した小刀を有していることを思い出す。


「あの礼装では、その特性を最大限に引き出すため仕込めなかった。ベルトも呪術的な方へ思いっきり振ったらしいからな」


「そうなのね」


 リュディガーは自身の成りを、歩きながら改めて見た。


「甲冑といっても、しばらくあの近衛の甲冑だったから、なんというか……これは、こそばゆい感じがする」


「初めて見ました」


 リュディガーはわずかに目を見開いて、驚いたように足を止める。


「そうだったか?」


「ええ。招集を受けて大学から出たっていう日も、私いなかったですから。リュディガーのこの姿は初めてです」


 __夢で、見かけたことは幾度かあったけれども……。


 きっとこうなのだろう、と夢で見かける度、目覚めてそう思った。


「よく似合っています」


「それは……まぁ、龍騎士冥利に尽きる、とでも言っておこう」


 契約の代償で喜と楽の表情は縛られて出せず、仏頂面と言えるものの、どこか照れたように見えるから、マイャリスはくすり、と笑ってしまった。


 そこに、俄に空が陰ったが、すぐに明るくなる。


 はて、と思って見上げると、やや強く風が吹き抜けていき、龍が庭園の上を一周していることを知る。


 龍は二騎。それらは、庭園の開けた場所へと降り立った。


 一方は、不思議なことに鞍が空で、マイャリスは小首をかしげる。


「時間か」


 __時間……?


 リュディガーが目で少しばかり急ぐと告げてくるので、マイャリスは怪訝に思いながらも意図を汲んで頷き、彼に合わせて歩調を早める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ