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帰命スル影 Ⅳ

 金属が激しく打つかる音に続き、きりきり、と鍔迫り合う音__ロンフォールが得物で受け止めたのだ。


 __押し、切るっ……!


 特異な言葉を紡ぐ余裕は、呼吸がままならなくなった今は、もはやない。


 口布をして発するか否かを相手に気取られないようにしているから、向こうは手数のひとつに捉えているだろうが、それもそのうち看破されてしまうだろう。


 そうなれば、相手はより仕掛けてくるに違いない。


 __その前に、終わら、せ、る……。


 押し戻そうとするロンフォールは、これまで見たことがないほどの形相だった。


 クライオンの文字通り手中にあって、身動きがままならないから、力を絞り出すのに必死なのだ。


 それを見つめる自身もまた、同様だろう。


 __償ウ。


 胸の奥底から響いてくた異質な声。そして鬱屈した想いが、溢れて来る。


 同時に浮かぶ、懺悔する気持ち。


 リュディガーはその大元がどこかを感じ取り、ちらり、と自身の直刀を見た。


 __(あがな)ウ。


 その言葉を()()()途端、地面を殴り慟哭する若い男の姿が鮮明に浮かんだ。


 男が顔を上げる。その顔は、年若いロンフォールその人。


 体中、血や泥に汚れ、顔は絶望に染まっている。


 __カツテ、告ゲテシマッタ。


 その顔が、徐々に驚きに代わり、やがて瞳が昏く沈んでいく。


 それを見て、リュディガーは察した。


 __()()が、あの禍事の神子と龍室について教えた片翼族だったのか。


 キチキチ、と小刻みに震え啼く得物。


 __贖罪ヲ。


 その震えはしかし、武者震いしているように感じ取れた。


 __ソノ為ニ、死後モ忠誠ヲ捧ゲルト、陛下ヘ誓ッタ。


 クライオンは、そもそも先達の龍騎士ら。帝国の為に死後も、後継に助力して帝国の安寧の一助にならんとした者らだ。


 ロンフォールの話が事実だとして、彼の話にはともに密使としての使命を帯びて向かった片翼族の龍騎士がいたという__。


「__お前を(しい)し、贖罪を果たす」


 勝手に口が開いた。


 その声音は自分のそれではないが、リュディガーは驚きはしなかった。


 対して、未だ鍔迫り合うロンフォールは驚きに目を見開いた。


 __お前……それが悲願か。


 改めて握りしめ、歯を食いしばりながらも、呼吸を整える。


 __一に曰く、己を省みよ。己より遅れる者たちあらばこれを待て。思慮深く周囲を見よ。衆生(しゅじょう)とともに正しく前へ進め。これを以て均衡をとりなし、魂と魄とを救済せよ。


 龍騎士として最初に(そら)んじることを課せられる龍勅(たつのみことのり)を、無意識に心の奥底で呟いた。


 救済__この眼の前の輩は、もはや断ち切るしかない。禍事の神の麾下と契約を交わしたのであれば、それでのみ救済される。


 __二に曰く、忠義の果は概して忘恩なりと心せよ。


 どんな任務においても、龍帝従騎士には見返りがあるとは限らない。むしろない、と認識していなければならない。


 オーガスティンは龍騎士ではないが、彼のように人知れず表舞台から消えていくことは往々にしてある__そう心せよ。どんなに辛く厳しい任務であっても。


 __三に曰く、諸々の禍事、罪穢れを祓い、(しるべ)となれ。


 まさしく、目の前の存在がそれだ。それに成り果てた。


 後に続く者への標となることを厭わず、背を向けてはならない。


 龍帝従騎士の矜持の象徴、龍帝の下僕の象徴を背に負っているのだ。それをむざむざ晒して逃げることなどあってはならない。


 __この背には、多くの者の命を負っている。死んでいった者たちの無念を負っている。


 応えねばならない。


「__帰命せよ……!」


 刹那、韻韻と響き渡る音は、ロンフォールの得物。だが、砕けた訳では無い。黒い表面のみが割れ、砕け、剥がれたのだ。


 驚愕の顔になったロンフォールの身体を、クライオンの大業物が喰む。


 自分の手ではないはずなのに、確かな手応えがあった。


 途端にどこからともなく響く、咆哮。耳を覆いたくなるほどの叫び声。およそ人間が発せられるようなものではないそれ。それは周囲の瘴気から発せられていたのかもしれない。


 のたうつように蠢く瘴気が膨れ上がり、ロンフォールを飲み込んで__霧散した。


 確実に捕らえていた感覚があったのに、それが霧散すると同時に消えてしまった。


 周囲を探ろうと意識を移した瞬間、ぐわらん、と視界が歪んで思わずたたらを踏んで崩れ落ちた。


 __やった……?


 最後の瞬間のロンフォールは、驚愕した表情だった。


 これまでの経験では、魔穴において相手は魔物だけだ。ヒトは__ましてや契約者など初めての相

手。弑した瞬間の知識はない。


 胸の奥底に渦巻く、遠く過去に焦げ付いたままの想い。それは、かつての凶行を吐露したロンフォールを討ち取ったとき取り除かれると思ったが、まだ残っている。


 おそらく、それは言葉でぶつけなかったからだ。


 __どうやって、父を殺した。彼女の血胤をどうやって聞き出した……。


 いつ、どうやって。


 __どんな気分だった……。


 ぎりり、と苦い想いとともに、焦げ付いた想いが爆ぜそうになって、奥歯を噛み締めた。


 自分の疑問を投げかけている暇などなかった。そんな余裕はないし、自分はそうした分別はある。優先すべきは弁えている。


 __あいつとは、違う。


 それだけで十分だ。

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