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贈り物 Ⅱ

「これは?」


「飾りがありすぎるのは、好まないだろう。普段遣いということであれば」


「あぁ……そうですよね」


「明らかに女性が贈ったとわかるようなものでも、ご迷惑にはなるはずだ」


「そうね。__ほら、参考になることを言ってくれているじゃない」


 リュディガーは肩を竦めた。


「絹か綿か麻か……普段遣いということなら、綿の方が使い勝手は良さそうだが。気兼ねなく使えるから」


「絹は……高いから構えてしまいそう?」


「先生にはそんなことはないだろうが……先生の駄目にしてしまったハンカチというものは、綿なのだろう?」


 ビルネンベルクの部屋に物を運び入れた時、インク瓶を倒してしまった。そこに運悪く先生のハンカチが置かれていて、汚してしまった__ということを彼には説明済みだ。


「え、ええ……」


「なら、同じものでいいだろう。ここで気取って絹にしても、逆に気を使わせてしまいそうだ」


「大きさは、どれがいいのかしらね」


「私だったら、迷わず大判を選ぶが__哀しい職業柄だな」


 自嘲を浮かべるリュディガーにキルシェは眉をひそめた。


「……どういうこと?」


「大判なら、怪我をしたとき__な」


 なるほど、とキルシェは頷いた。


 事実彼は、先日の事件でキルシェの怪我をそれで抑えてくれていた。


 __あれは確かに、大判だったのかもしれない。


 たっぷりとした布だった気がする。皮肉にも、キルシェの出血をよく吸ってくれていた。


 ふと、衣嚢へ伸びかけていた手をキルシェは止めた。


「色は……」


「先生の場合か……」


 リュディガーは顎に手を当てて軽く思案する。


 そして、待つこと暫し。彼は鼻で軽く笑った。


「__思ったのだが、一番の気に入りの学生が、気にするなと言うのに色々考えて選んでくれたものであるのなら、よほど的を外していなければ、どれでも嬉しく受け取るんじゃないのか?」


「え……あぁ……」


「あのビルネンベルク先生だぞ?」


 __それはそうでしょうけど……。


 キルシェの困惑が表情にでていたのか、リュディガーの眉が顰められる。


「ん? 君は、そうは思わないか?」


「あ、いえ……確かにそうですね」


 __そう……先生なら、そうなのだけれど……。


 キルシェは口を密かに一文字に引き結び、左右に持っていた白と深い蒼のハンカチを見比べた。


 そして、深い蒼のハンカチを戻して、リュディガーへと顔を向ける。


 リュディガーはその視線で決めたということを察してくれたようで、顔を上げて店内を見渡し、さきほどの女性の店員へ軽く手を挙げて呼んだ。


「__こちらをお願いしたいのですが」


 選んだのは、大判の白地の綿のハンカチ。


 織りが違う部分があって遠目には無地に見えるが、手元で見ると縁から少し内側に織りが違う部分が模様のように見えるものである。


「こちらは70ミトリになります」


「はい、承知しました」


「贈り物、でよろしいしょうか?」


「ええ」


「畏まりまして。では、こちらで暫くお待ち下さい」


 丁寧な礼を取って去っていく女性の店員を見送り、キルシェはグラスの水を再び飲んで喉を潤した。


「綿のハンカチで70ミトリか……いい値段だな」


「いい綿を使っているようでしたよ」


 それはそうだったが、とリュディガーはグラスの水を飲む。


「__贈り物なら、まあ……ありか」


 ぐるり、と店内を見渡してひとりごちるリュディガーにキルシェは平静を装いつつ、内心ひやり、としていた。


 __まずい……かしらね。


「……君の金銭感覚は比較的庶民に近いだろうと思っているが、あまりにも行き過ぎているようだったら止めるつもりだった」


 くつり、と笑うリュディガーの言葉に苦笑を浮かべる。


 その彼の向こうに、さきほどの女性の店員が銀の小さなトレイに品物を載せて戻ってくるのが見えた。


 銀のトレイには、ハンカチを納めているのだろう正方形の箱があり、箱は蒼と白の絹のリボンで装飾を兼ねた包装が施されている。


「ありがとうございます」


 キルシェは財布としている巾着から、馬の刻印が施された銅貨を7つ取り出したのだが、そこで一瞬、目の前の店員が驚きに目を見開いたのを見た。


 男と連れ立っていて、お代を女が払う__この店ではなかなかない光景なのだろう。


「私の恩師への贈り物なので、付き合ってもらっていて……いいお店を紹介してもらってよかったです」


「左様でしたか。__ご紹介いただきまして、ありがとうございます」


 聞かれてもいないのにリュディガーの名誉を思ってそう言えば、店員は穏やかに笑顔を浮かべてリュディガーへと一礼を取る。


「ここの品は、信頼できるものと記憶していたので」


「光栄です」


 彼らのやり取りを尻目に、箱が乗っている銀のトレイにお代を置き、それを確認してから店員は恭しく箱を取り上げて、キルシェへと差し出した。


 __よかった……買えたわ……。


 ほっ、と胸を撫で下ろしてそれを受け取る。


「……では、行こうか?」


 しみじみそれを眺めていれば、笑いを含んだ声にキルシェは、我に返った。


 ええ、と頷き、それを大事に仕舞うのを見届けてから、リュディガーの促しに従い店を後にしようと扉へとむかう。


 店頭まで見送りに来た店員に会釈をし、そうして外へ出ると、眩しさにキルシェは目を細めた。


「キルシェ、道すがら、寄りたいところがあるが、付き合ってくれるか?」


「……え?」


 後ろで閉まる店の扉を見てから、少し脇へと身を寄せてリュディガーが言うので、キルシェはきょとん、とした。


「構えなくて済む場所だ」


「え、ええ」


「……やめておくか?」


 少しばかり、顔がこわばったのを見て取ったらしいリュディガー。


「いえ、大丈夫」


 __嘘をついて付き合わせてしまっているのだし、そのぐらい。


「言ったとおり、帰りの道すがらにあるところだ。見て駄目そうなら、帰路にそのままつけるから」


「ええ」


 キルシェが同意するや否や、リュディガーは手を取って雑踏の中を進み始める。当たり前のように取った手を引いて、自身の背後へ隠れるようにさせながら。


 連れて行かれる先の不安はあるものの、彼が居るならば大丈夫だろう。


 __私はとにかく、おちついて……周りをあまり考えずに……。


 呼吸を整え、やや俯いて彼に続くだけだ。


 歩き始めて10分ほどで街路樹の通りを抜けて、大通りへと交わるところへ至った。大通りは巡回馬車も通るから、より賑やかな喧騒になる。


 そこで彼は、道が交わるところ__角に当たる場所の店へと向かっていった。


 着いたぞ、と言いながら、彼は引いていた手で自身に並ぶように誘導して、その目的地を見せる。


「……ここは……」


 店先に見えるのは、帽子やら靴やら傘やら__それはどれも婦人用のもの。


 どうやら婦人用の装身具を扱う店らしい。

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