4話「ようやく探索」
「さてと、ようやく自己紹介もやったし、今度こそやりますか。おい、ちょっと降りろ、立ち上がる」
「うん、わかった」
彼――連夜の言葉を切っ掛けに二人は行動を始めようとした。まず初めにしたのは立ち上がること、普段の彼らであれば何の問題もないことではあるが、二人はまともに十数cmも離れられない状態。お互い一緒に立ち上がろうとしなければならなかった。
初めての共同作業、二人は声を掛けながらゆっくりと立ち上がる。
たどたどしい様子であったり、少しタイミングがズレて首が痛くなったりしたが、なんとか立ち上がれはした。
だが。
「立てたは良いがこれじゃぁな……」
「歩け、ない」
連夜の身長は大柄の170㎝程度、対してラーサの身長は155㎝程度だろう。その差は15㎝程度で、それは大体鎖と同じ長さである。
しかも、彼女の胸は大きい。その分だけ体を強制的に離す必要があり、無理に近づこうとすれば、それは彼のお腹の辺りで大きく歪んでしまい彼のお腹に柔らかな二つの果実の感触を与えるだろう
これではお互い密着した状態で連夜が中腰をするか、ラーサが背伸びをしなければならない状況になってしまう。そうなれば、まともに歩くのは不可能だろう。
「……」
「どう、した?」
「いや、なんでもねぇ」
連夜は誤魔化したが、現在ラーサの頭の先は連夜の鼻先の近く。周囲に転がる濃い血の臭いの所為であまり感じないが、髪の毛から彼女の匂いだと思われる花の様な香りが鼻をくすぐる。
そんな香りに惑わされそうになりながら、連夜は解決手段を模索する。いや、実際は思いついているが、こちらから言うのは躊躇いがあったため、言い出すか悩んでいた。
「うーん……これは、レンに、抱っこ、してもらう、しか、ない」
悩んでいた連夜に察したのか、ラーサが先に提案をする。
「あーまあ、そうなるか……。大丈夫か?」
「うん、問題、ない。むしろ、してくれないと、困る。動け、ない」
「それもそうなんだが……まあ良いや、ちょっと失礼」
ラーサに許可を貰い、連夜は彼女の脇を持ち自分と同じ高さになるまで持ち上げる。その際、少しくすぐったかったのか、少し口角をピクリと動かした。
「ちょっと、くすぐったかった」
「あー悪い悪い」
「良い」
そう言い合いをしながら、ラーサは腕を連夜の首に、足は腰の辺りに回し自分が落ちないように固定する。それに合わせて連夜もラーサの体に手を回し落ちないようにする。
そして、二人は互いの顎を相手の肩に乗せ、密着するようにすることで、何とか連夜を軸に移動できる様な状態になった。
「流石に恥ずかしいな……」
「でも、必要な事、諦める、しかない」
「なんで、てめぇはそうバッサリ割り切れるだよ……はぁ」
父や祖父の修行で大抵のことでも動揺しなくなったとは言え、連夜は根っこからの男。女の子でしかも美少女がずっと密着している状態、異世界など色々な事で何とか羞恥心などをかき消していたが、それも長くは続かず、落ち着いてきた頃には彼は軽く頬を赤らめていた。
ふと、連夜は人がいる目の前でも、こんな格好をしないといけないのではと頭を過ったが、すぐに考えるのをやめた。でなければ、彼は落ち着いて周辺の探索ができないだろう。
「さて、動くぞ」
「わかった」
そしてようやく、連夜はラーサを抱えたまま、今いる部屋の中を探索し始める。部屋の中には魔法陣や死体のほかに、何かの本やそれを読むためであろう机などが配置されている。
中央に大きく存在する魔法陣は赤黒い液体で書かれている。周りのことも考えると、恐らく血であることは予想が付いたがあえて口には出さず、次に気になった周囲の死体たちを確認する。
抱えたラーサが邪魔で確認しづらかったが。
「うげぇ……これは酷いな」
死体は大体10個程だろうか、それら全ては頭が綺麗な刃物か何かで斬り落とされなくなっていた。
先ほどまでは寝転がっていたため気づかなかったが、それに加えて胸の辺りに拳一個より一回り大きな穴があった。それはまるで心臓を取り出した時に出来た穴の様だった。
「おまけにこれ……心臓くりぬいた跡が……ん?」
ふと、そう言ったとき、ラーサがあることを言っていたのを思い出した。それを確認するため、彼女に声を掛けようとした瞬間。
「それは、私が、やった」
お互い向き合って抱き合っている状態故、彼女は彼が見ている死体を背にしながら、心臓の件をあっさりと話した。
「異世界から、あなたを、召喚する。そのため、魔力が、いっぱい、必要だった。だから、皆の、心臓を、使った。心臓は、魔力が、いっぱい、だから」
「お前……」
復讐を望んでいるとはいえ、家族や知り合いの心臓をくり抜き、召喚の材料にしたという告白に、連夜は引きそうに、いや、実際は少々引いていた。
そして、それほどまでに彼女が彼らを殺したいのであることを理解した。
「後、もし、あなたが、弱かったら、嫌、だから、それで、あなたの、体を、作るとき、普通の、人間より、強く、なるように、肉体を、一から、作るのに、いっぱい、使った」
「はぁ?作った?」
「私が、やったの、死んだ、魂を、持ってくる、魔法。次に、魂の、形から、姿を、読み込んで、肉体を、形成、その際に、いっぱい、魔力を、つぎ込んで、強くした、多分、あなた、凄く、強い」
「あーうーん?正直細かいのわからんが……めんどくせぇ。とりあえず、作った強化人間の中に俺の記憶とかを叩き込んだって訳か?」
「多分、だいたい、そんな、感じ?」
連夜が大雑把にことをまとめた事に、ラーサはそれで良いと首を少し傾げながら言う。
続いて死体をさらに確認するが、先ほどの様な2つの点以外はおかしなところ感じられなかった。
「しかし、心臓はお前の所為だとして、何で全員頭がないんだ?」
「わからない。そういう、趣味?」
「ははっ、そいつは世界最悪な趣味だな」
乾いた笑いは吐きながら、次に彼は部屋のある多くの本棚に目を付けた。恐らく、ラーサの物であろう本の背表紙を見る。
「読めねぇ……な!?」
書いてあるのは日本語でも英語でもない、さらに言えば、地球の言語の様にも見えなかった。
知らない言語であるため、読める筈もなくただの記号にしか見えないタイトルを見つめていると、突然異変が起きた。見ていた記号の様な文字の羅列、それが徐々に連夜にとって慣れ親しい日本語へと変換されて行く。
それはまるでコンピューターの翻訳機能の様に変わっていく。
しばらくすると、見える範囲の本のタイトルは全て日本語に置き換わっていた。
「ん、どうしたの?」
明らかに動揺したような声を上げてしまった所為か、ラーサは問いかけた。
「いや、何か文字が読めるようになった」
「……どういう、こと?」
連夜は読めず記号にしか見えなかった本の背表紙が唐突に自分が知る文字に変化していったことを伝えると、ラーサは難しそうな顔をして唸った。
「うーん……言語の、自動翻訳?そういえば、普通に、考えたら、私と、離せるのも、おかしい?……ちょっと、レン、机に、向かって」
「なんか異世界って路線が現実味帯びてきたが……とりあえず、りょ」
軽く返事をすると連夜は傍にある机に向かう。机の上には開いたままの本やインク入れ、羽ペン、ネックレスが置かれている。
机に用があるのはラーサであるため彼女の背を机に向ける訳には行かないが、自分も机の上を見るためにお互いの体の横に机が来る様に配置する。
お互いの肩に乗せていた顎を離し、一旦顔を向かい合わせにする。そして、お互いの横顔をべったりと密着させる。ラーサのもっちりとした柔らかな頬の感触で今までとは違う感覚で落ち着かないが、これでお互いに同じ方向を向けるようになった。
「レン、これに、文字を、書いて」
「ん?よくわからんが、了解……羽ペンとか使うの初めてだな」
ペンを片手にそう呟きながら、机の上の紙に自分の名前を記載する。
その書かれた文字を見るとラーサは理解したような表情を浮かべる。
「ツユミネレンヤ、うん、私も、読めた。最初は、わからなかった、けど」
「これなんだ?アンタの仕業……ってことじゃないみたいだな」
「これ、私じゃ、ない。多分、これの、所為?」
そう言い、ラーサは体を少し離し、お互いの首に繋がる薄く光る鎖が原因だと言う。
「多分、これを、通じて、認識した、言語を、相手に、翻訳させてる」
「はぁ?そんなん可能なのか?」
「わからない。けど、出来てる、から、そう思う、しかない」
ラーサは不服そうな声を上げ、お手上げといった状態であった。
とは言え、何もわからない上、これがないと意思疎通すら出来なくなる可能性があった連夜がつべこべ言えるはずもなかった。
「さて……確認が終わったなら次行くぞ」
「……了解」
ラーサは少々嫌そうな雰囲気を漂わせながら、連夜に従う。
お互いに頬を密着させる体勢から、お互いの肩に顎を乗せる体勢に戻り、部屋に関して大雑把に調べ終わると、ようやく部屋から出る階段を上がる。
「うげぇ……」
階段を上がりきると、破壊された壁や屋根から夕陽が部屋の中を照らされていた。
夕日で真っ赤になった環境でもわかるほどに至る所に辺りに赤黒い液体が付着しており、置かれている家具は破壊されている。臭いは地下の様な密室ではないため、酷くはないが、それでも血の鉄臭いが辺りに漂っていた。
そんな悲惨ともいえる光景が辺り一帯に広がっていた。
「……」
「お前……はぁ」
そんな光景を見ていると、ラーサが連夜の首が強く締め付けながら、小刻みに身体を震わせていた。現在の二人は密着している状態、もし連夜が目を閉じていたとしても彼女が動揺していることを理解するのはたやすいだろう。
そんな彼女の状態を前に彼は名前を呼ぶだけ、ため息を吐いた後は赤ん坊をあやす様に優しく背中を叩いた。
〇
その後も家の外を見まわったが、結果から言えば、犯人に繋がるモノは何もなかった。
ただ、連夜はあちら世界では探偵ではなく喧嘩好きの不良、当然と言えば当然だろう。
彼なりにわかった事と言えば、ここが電気やガスなどが通ってない森に囲まれた集落であることや、殺されたモノたちは全員頭を切り取られていることぐらいだった。
「これで全員か?」
「うん、ありがとう」
探索を一通り終えた二人はラーサの希望で集落いた全員の墓を建てることにした。無論、連夜がそれを断ることはなく手伝った。
死体の持ち運びに関しては基本連夜が行っていた。とは言っても、二人の体勢が体勢な上、人数が多いため、とても丁寧にとは言えない運び方ではあった
それに対してラーサは何もしてないと言えば、そうではない。
「……ここ、本当に異世界だったんだな」
「……今更?」
「そりゃな、今までそれっぽいの見てねぇし」
連夜が言っているのは二人で墓を作っているときだった。
死体を全員分集めた所で、ラーサは何か言葉を紡ぐと、突然何もなかった平地が急に凹み始め、人が入れる程度の大きさの穴が幾つも出来上がった。
話を聞けば、彼女は土魔法を使ったと言った。
それを見るまで、ギリギリデスゲームなどで普通の現実世界ではと思っていた連夜であったが、そんな光景を見れば、流石にここが異世界であると判断するしかなかった。
「しっかし、結局、なんもわかんねぇで終わったな」
「……当然、私が、わからなかった。レンが、わかるわけ、ない」
時間が経ったためだろうか、ラーサはそんな軽口を叩く。ただ、それが強がりであることを連夜はすぐに理解できた。
最初と比べれば震えなくなっているが、彼の身体に込める力はそこまで弱まっていない。
「さて、これからどうするか……。お前の仇を探すにはここを出るしかないとして」
「夜に、森を、抜けるの、危険。朝が、来るまで、待つ」
「だな。最初のあの部屋は……流石にアレだし、まだ綺麗な家のベッドでも使わせてもらうとするか」
「うん」
そう言って、探索途中で見つけたまだ綺麗な家と足を運ぼうとしたとき、ラーサは何かを思い出したかのように小さな声を上げる。
その声に反応し、連夜は足を止め、彼女が何を言い出すのかを待つ。
「そういえば、お風呂、入って、ない。レン、入ろう?」
口から出たのは大分爆弾発言だった。
「いや、おま、ちょっと待て」
流石にこれに対して連夜はツッコミを入れるしかなかった。
「体、汚れてる。私も、レンも」
実際、二人の体は血で汚れていた。主に連夜は死体運びで、ラーサは彼を召喚するための準備で。
「それはそうだが……お前恥ずかしくねぇのか?」
何度も言うが二人は離れることが出来ず常に体を密着させた状態である。そんな状態で風呂、つまりは裸になろうって言うのだから、彼が動揺するのも仕方がないだろう。
「今の、私と、レンは、一蓮、托生、一心、同体、気にしたら、負け」
それに対して、ラーサは全くそのことに対して気にすることはなく、お風呂に入ることが当然だというように言い放った。
復讐したいがばかり、羞恥心など遠くに捨ててしまったと思える程、彼女はあっけらかんとしていた。
「なあ、体を綺麗にする魔法とかねぇのか?」
それでも、流石に出会って間もない男女が裸の付き合いをするのは問題だろうと思った連夜は、代替え案として魔法で出来ないかを提案する。
その言葉に少し悩み唸る様な表情をしながら答える。
「ある。一応」
「おい、なら、それで良いだろ。何でわざわざ風呂入るって選択肢が出るんだよ」
「……だって、お風呂、気持ちが、良い」
「……わかるけど、わかるけどさぁ……てめぇ」
「レン、何か、怒ってる?」
彼は紛れもない日本人。
風呂の気持ちよさに関しては理解がある。というか、父たちとの修行の後の風呂が楽しみであった頃もあるので、入れるならできれば入りたいと思ってしまう。
それでも今の状態でお風呂になど入る訳にはいかなかった。
「どっちかって言えば呆れてる。とりあえず、今日はその魔法を使え、風呂は入らん」
「……わかった」
明らかに強い口調で拒否され、その意見が変わることがないと感じたラーサは仕方がなく今日の風呂は諦めた。
「リフレッシュ」
彼女が紡いだ言葉と共に、連夜は自身の体が何かに撫でられる様な感覚を覚える。その感覚はものの数秒で収まり、彼は自分の体を見てみれば、死体を触れた時に着いた血で手や服は血の姿形がわからないレベルにまで綺麗になっていた。
無論、それはラーサにも同じことだった。
服や体についていた血が綺麗に消え去る。加えて体についていた血の臭いすらも消え去り、彼女がもともと持っていた花の様な甘い匂いが強くなり彼の鼻をくすぐった。
「できた。これで、良い?」
「……魔法って便利だなー。とりあえず、風呂は入らず、基本はこれだからな」
「えー」
「えーじゃねぇよ。羞恥心を持ちやがれよてめぇ」
何とかして、連夜はラーサとの風呂イベントを回避し、二人は家への中に入ると、他の家と比べて綺麗なベッドに寝転がる。
「明日の、朝、荷物を、まとめて、ここを、出る」
「だな、そいつらのことを調べるにはそれしかねぇし」
「うん、明日から、本番、頑張る」
「ん、頑張ろ」
「それじゃあ、おやすみ。レン」
「ああ、おやすみ」
そう言い、二人は眠りにつく。
――訳はなかった。
連夜は横になり目を瞑っては数十分、眠れる気配がしなかった。
それもそのはず、目を開ければ、目と鼻の先に銀髪赤眼の美少女が目を瞑っている。
もし、少し動けば唇に触れることが容易い体勢だ。頑張って目を瞑り寝ようとしても、いや目を瞑る所為で、視覚以外の感覚が敏感になり、彼女から香る甘い匂いが強く感じるようになる。
「ん……」
「なんでこの状況でぐっすりなんだよ……クソが」
こんな状態になった元凶の彼女とは言えば、疲れていたためか最後に言葉を交わしてから数分も経たないで、寝息が一定のリズムを刻み始めた。
その寝息が鼻や唇辺りをくすぐるから質が悪い。加えて、羞恥心というモノがないのか、彼女は体を連夜に対して密着させる。
何も考えず目を瞑って寝ようとした反動か、胸に感じる圧倒的なボリュームある柔らかさや足に絡むしっとりとした柔らかさがより一層強く感じられた。
「ぉか……さ、ん」
流石にこのままでは気が気でないと思った連夜はラーサを起こさないように体を剥そうとするが、それよりも先にラーサからか細い声でそんな言葉が聞こえた。
少し片目で薄目を開くと、ラーサの目には明らかに涙が溜まっていた。
「ぃかない……で……ぉいて、かなぃ……で」
震えるような弱弱しい声で彼女は何度も何度も言った。まるで何かを求めるように。
「……」
もしかしたら、連夜の思い込みかも知れない。
ラーサが集落の外に頼らなかったのは誰が仇だかわからないからではないか、だから、絶対に仇ではない者が欲しかったから、異世界からの召喚を試みたのではないだろうか。
そして、その者がずっと傍にいて欲しいと思ったため、このような状態になったのではないだろうか。
その答えは連夜にはわからない。もしかすると、呼び出した本人でもわからないだろう。
「ホント……めんどくせぇ」
そう言いながらも、彼は少し笑ったような感情を見せ、目の前の彼女の頭を撫でる。
すると、ラーサは安心したのか、その声は落ち着きを取り戻し、再び静かな寝息に戻る。
そんな光景を見て、彼は少し安心したように呟く
「しっかし、寝れる気がしねぇ……」
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